3 アジア戦線

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3 アジア戦線

「いまこそ新華夷秩序を打ち立て、夷狄(バーバリアン)どもに思い知らせるべきときです」  中華人民共和国国家主席は内心はどうであれ、無表情を貫いた。共産党高級官僚の諫言に黙って耳を傾けている。 「中華はこの世でただひとつの国です。それ以外に国はない。世界が中華であり、中華が世界なのです!」  国家主席のまなじりがわずかに動いた。先を促している合図である。官僚はわが意を得たりとばかりに早口になった。 「わが国の現状はどうですか。台湾は独立をまくし立て、チベットすら中華圏ではないなどと抜かしている。日本にいたっては聖徳太子の時代から、わが国と同格などという信じがたい誤解を抱き続けているありさまです。夷狄どもの思い上がりをこれ以上放置しておくおつもりですか!」  国家主席の反応は見られない。が、明らかに放置しておくおつもりでないことは、顔面の筋肉がわずかにひきつったようすでそれと知れた。 「手始めに南北朝鮮、モンゴル、ヴェトナム、カンボジア、新疆ウイグル、チベットを併合します。その勢いを駆って日本、ミャンマー、パキスタン、インドを飲み込み、最終的にロシアを満州経由で撃破。アメリカが分裂したいまこそ、パックス・チャイナーを形成するときなのです」 「諸君」ついに国家主席は口を開いた。「いますぐ準備にかかれ。ただいまよりわが国は国号を改める。その名も(れん)だ。かかれ!」  ロシア首相の命令は簡潔かつ明瞭であった。 「日本を侵略しろ。旧鉄のカーテン内の裏切り者どもに忠誠を誓わせろ。ウクライナは焦土にしてかまわん。軍備増強ののち、アメリカのなれの果てに総攻撃をかける。そのあとは宿敵(ドイツ野郎)だ。パックス・ロシアーナを1年以内に実現しろ。わかったな」  ロシア議会はドイツ第四帝国成立後、まるで定められた運命のごとく共産党が圧倒的大多数で勝利していたため、民意におもねる必要はなかった。  ロシア首相はベルトコンベアに乗るがごとくロシア皇帝に即位し、議会制民主主義はロシア帝国の版図から消え失せた。予想に反してデモのたぐいはいっさいなかった。ロシア国民はそもそもの始めから議会になど未練はなかった。  帝国制も共産制も似たようなものだったからだ。
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