夢を叶えたあなたへ

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血、血、血、 もはや血という液体を床にこぼれた水のように錯覚してしまうほどに、 その場は血に塗れていた。 ああ、終わった。 その安堵感は、その場に転がる仲間の死体を見ても感傷も起きないほどに強かった。 悲しいも、哀しいも、何も感じない。 生きてる 生きられた 生き残った ずっとぐるぐると頭の中をその三つがまわる 血に濡れた地面の上には、誰のものかわからない腕や足や、眼球や耳のカケラが落ちている。 ボーッとあたりを見渡すと、 美しいサファイアの腕輪をつけた腕を見つける。 歩く気力もなく、這ってその腕のほうに向かっていく。 無造作に落ちているその腕の手をそっと握った。 その手はまるで置物のようで、数分前まで有機物だったと思えないほどに、冷たい。 『生きて帰ろうね』 笑い合った友の手だったものを握りしめても、 数時間前に話した内容を思い出しても、 何も感じないことに気付いて、 初めて涙が溢れた。 ごめんね、 ごめんね、 あなたの笑い声が好きだった 意地の悪い冗談も好きだった くだらない恋の相談も、人並みの生活をしているみたいで嬉しかった 戦争から帰ったら結婚するって聞いた時も自分のことのように喜んだよ その腕輪をこんなとこにつけてくるのは縁起が悪いよって言い合ったのは今日の朝のことだったね ごめんね、 大好きだったのに、 大好きなのに、 悲しんでない、 哀しくない、 ただ、 ただ、 ー自分が生き残ったことが嬉しいー 「よかったね」 そう言って笑う声がした もう聞くことのないと思ってた声に、 驚いて顔をあげる 「嬉しそう。そんな顔して笑えるんだね、」 力なく微笑う彼女の笑みも、いつものような笑みと違う。 「いつもつまんなそうに私の話聞いてたからさ。てっきり笑えない子かと思ってたんだ。」 そう言いながら、彼女は地面に膝をつける。 腕からの出血がひどい 顔色も悪く、重度の貧血状態に陥っているのだと推察できる。 腕一本失くせばそうなるかと呆然と彼女を見る。 「腕輪あったよ」 「どこにつけろっていうのよ」 「もう一本の腕」 「えー利き手につけるとさ、色々と邪魔じゃん」 「でもなんて言うの。調子に乗って戦争につけていったら、失くしましたーって?」 「アホだな、ただの」 「アホだよ、突撃の時から思ってたけど」 息を吐き出すように彼女は笑った。 さっきの哀しんでいるような顔じゃない。 「…何か言い残すことある?」 彼女が息が浅くなるのがわかって、 そう聞いた。 「とりあえず、あいつにあと60年くらいは私の事を想って泣き暮らすように伝えて。」 「鬼かよ」 「あと無駄に高いもの買うな、無駄になんぞって伝えて」 「無駄にしたのあんたでしょ」 「あとは…母さんにあと5キロは痩せろって、父さんにはパブのニューハーフにカモられるなって、伝えて。」 「言い残す言葉がそれだといいね。悲しむ気持ちもなくなるよ、きっと。」 「あとね、勝手にひとのこと死んだと思って、勝手に生き残ったことに罪悪感感じてるアホな親友に伝えて。」 まだある手が、私の手に触れた。 握られた手の力は、あまりにも強くて、 まるでしがみつかれているような感覚になる。 「喜んでいいんだよ、哀しまなくてもいいよ、 ただ笑って、笑って、生きていってよ。」 もうそれは私にはできないから。 手の力がもっと強くなる 最期の時がもうそこまで来てることがわかる。 「言えなかったことがあるの」 流れてくる涙をそのままに言葉を紡ぐ 「あんたに言いたかったけど、こんな時に言ったら、あんたが死んじゃいそうで、」 「あー私も我ながらなんのフラグ?ってなったもん」 「ごめん、あんなそっけない言い方して」 「うん。結婚するって言って、ついに孕んだかって言われたときは、素直に人格を疑ったよ。」 「もう、今も言えるような雰囲気じゃないね」 親友の手の力が緩むのを感じた 「言ってよ」 息を吐くような弱々しい声、 「言えないよ」 涙が滲む震えた声、 「じゃあ私が言おうかな」 もう消え入りそうなかすれてきた声、 「これから先のあんたの人生の中で、私はもう何も言ってあげられないからさ、」 これが最期だと思うと、それ以上先の言葉を聞きたくないと思った。 「これからあんたに起こる全ての幸福に、この言葉を贈るよ」 けれど最期の瞬間はやって来る。 「おめでとう」
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