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妖神 其の三 【皆鶴姫】(小説編)
世界が大きく感じた。
空は世界のどこに立とうとも、その大きさは変わらないはずなのに海辺で見る空はなぜか、高く広く遠くに感じる。平らに広がる海の広さが、そう感じさせるのだろうか。それとも、空と海とが一体となった風景が、そう感じさせるのだろうか。
陰りを見せた太陽は、山吹色と茜色が織りなす光のグラデーションを海岸という世界に与え、そこは朱を注いだように染まっていた。昼間には見ることのできない、夢を見ているような風景がそこにある。
だが、そこは雑誌で掲載された観光地でもなければ、恋人たちが甘い時間を過ごすデートスポットでもなかった。海からの風、砂、潮さらには霧も内陸の方へと流れるのを防ぐために植えられたクロマツの海岸林と、砂浜だけがある海岸であった。
空と海だけが見える。
つれない言い方をすれば、ただ、それだけの空間。
自然の風景は美しいと思うが、そこに空虚を感じたのは誰一人と訪れることのない場所だからか。
いや……、今日は一人居た。
その景色を凝視する、セーラーを着た少女の姿があった。
一見して目移りしてしまうものがある。
細い筆で描かれたような柔らかで繊細な面は、花弁が開ききっていない花のような落ち着きが。腰元まである漆黒の髪は、カラスの濡れ羽色のように艶やかでしっとりとしていた。思わず触れたくなるような、髪は緑の黒髪という表現をよぎらせる。
例えるならば、雛人形のような気品を備えた少女であった。
名前を桜木美月と言った。
美月は、黒い瞳に映る景色を見ていた。
いや、見たくて見ていた訳ではない。そこにあるから見ているだけであった。何より、夕焼けは好みではなかった。
毛嫌いしている訳ではない。
思い出として、あまり好きではないのだ。
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