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オンラインで物を買う、たとえばフリマアプリやオークションサイトを利用して店舗や個人から商品を買うことに何か特別悪いイメージを持っていたわけじゃないが、年齢的にも現金主義だったため初めて個人の口座を持ちクレジットカードを作った大学1年生まで、それらを利用してなかった。
ちょうど世の中が外出自粛になっていたことで、いよいよネットで買い物をするようになった。その便利さといったら、なんでもっと早く使わなかったのか軽く後悔するほどだった。だって買えない物が存在しないのだ。面白いように利用頻度が上がっていった。
特に私がハマったのがネットオークションで、某大手サイトは毎日チェックを欠かさなかった。目的は当時趣味の一つだった服。特定のブランドというより、まだ見ぬお気に入りの1着を探すゴールのない旅のような、未知へのワクワク感が加速度的に購買意欲を促進させた。その結果、毎週なにかしらファッションアイテムを買っていたと思う。
そういう生活を続けて1ヶ月が経った頃だ。私は日課のオークションサイト巡りをしているとき、ある一着を見つけた。
それは本革の黒いジャケットでサイズは自分にぴったりのM。あちこち強めのダメージが入った雰囲気ある見た目。写真を吟味して気に入った私はすぐさま入札しようと値段と終了時間を確認した。現在値は1000円、3000円で即落札だった。終了まで3日以上ある。
これは即買いだろう。私は入札ボタンにマウスを動かした。そこで手が止まる。画面のある箇所が気になった。右端に出品者のステータスが表示されているが、そこに『出品数0』と書いてあった。つまりこのジャケットが初出品ということだ。横の評価欄は当然0%である。
私は少しだけ悩んだ。出品数が少ないほど出品者の信頼性が保証されない。もちろん初めは誰もが0からスタートするから疑うのも悪いのだけれど、常識的に出品数が少ないユーザーから買うのはあまりおすすめされない。
私もそのことは知っていたけど、少し前にも出品数が1桁の人から落札していたこともあって、根拠のない自信を持っていた。
「変な人ではないだろう。物は良さそうだし」
それに商品説明欄をよく読むと、丁寧な日本語で簡単な商品の状態や返品不可能の旨、商品は出品者ではなく他人が着ていた中古品ですの文言の下に一週間以内に別の商品を出品すると書いてある。これが決め手だった。
私はすっかり安心して3000円で入札した。
その晩、出品者にお金を振り込むと、明日発送致しますとメールをもらった。
服が届いたのはそれから2日後だった。この間ずっと楽しみにしていた私は宅配のお兄さんからダンボールを受け取ると、そのまま玄関で封を開けていた。中には梱包材のない、ただただ黒いジャケットだけが入っていた。
やりとりでは丁寧そうな人だったのに、後がだらしない感じがして出鼻をくじかれたようでテンションが下がった。でも服は写真通り、破れ・擦れ・穴あきといったダメージ加工が右袖から背中にかけてしっかり入っている個性的な一着。
これが自分の物になったんだから細かい文句はやめよう。
そう言い聞かせて鏡の前で早速羽織ってみたりしていたら、気分は元に戻っていた。
違和感は翌日にはすでにあった
朝からの外出でちょうどいいと例のジャケットを着て家を出た。お昼過ぎに飲食店で食事を済ませ、席を立って椅子に掛けたジャケットを羽織り直した時だった。
ぶわっと広がる潮の香り。昔家族で訪れた懐かしい海水浴場を思い出した。しかし臭いの出所がおかしい。店は特別魚介類を提供してないし私は食べてない、このジャケットを着て海に行ってもない。近くの席は私が入店してから誰も座っていない。
とすれば、中古故の臭いだろうか。前所有者の習慣的に海の臭いが付いた、とか。
本革なので洗濯機で洗うわけにもいかず、家に帰ってから消臭剤を振りかけて応急処置した。
しかし臭いは消えなかった。
むしろ日に日に強く濃くなっていく。単なる海の臭いではなく何か生物的な臭いが混ざったような感じがした。いつしか掛けているクローゼット全体に潮の臭いが移るほど強烈だった。
もう一つおかしなことがあった。臭いのせいもあってお気に入りなのにあまり着ないでしまっていたが、それなのに時間が経つほど破れや穴などの傷が大きくひどくなっていく。さらに傷の周りは茶けたシミのような汚れが目立ち、数日後には人前に着て行くのが恥ずかしいくらいで、すでにダメージ加工の域を超えていた。
落札から2週間でこの状況はさすがに異常だと思い、私はオークションサイトの落札履歴からジャケットの出品者を再び確認した。落札時、出品者ページまでは見ていなかった。
そのページに自己紹介文はなく、アイコンも初期画像のまま。しかし出品数は10以上に増えていて、今も全てが出品中になっている。他にどんな物を出しているのか気になって順にクリックしていった。
1品目は白地にロゴマーク入りのTシャツで、ジャケットとほぼ同じ位置に同程度のダメージ加工。けれど傷周りの汚れはもっとひどく状態が悪い。2品目はデニムのパンツ。これもひどいダメージが右太腿を中心に入っている。汚れも同じく残っている。3品目は厚手のブーツ。他と同様に傷と汚れが目立つ。4品目は手袋、5品目はフルフェイスのヘルメット、6品目は――……。
背後から湿った視線を感じた。
勢い良く振り返ると、閉じたはずのクローゼットの扉が全開で、ボロボロの黒いジャケットが一番手前に掛っていた。
私はそれを見てないふりしてスマホの画面に向き直った。
出品されている商品を組み合わせるとちょうどバイカー1人分の服装と等しかった。どれも私が買ったジャケットと同じ特徴を持っていた。おそらく、漂う臭いも同じなんだろう。
これ以上見たらよくないと思いつつも、個人にしては珍しく出品者の現住所のリンクが貼ってあったので最後に覗いてみた。
リンク先は衛星写真の地図サイト。すでに入力されていた座標に飛ばされブロックごとの画像が読み込まれていく。
3秒後、地図に刺さった赤いピンが示したのは、長く伸びたコンクリートの防波堤、その先端よりも数十m沖に進んだ海中だった。
それ以来、出品者の情報は何度も確認するようになった。
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