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 *  招集所は妙な緊張感に包まれていた。  僕は肌の色素が薄く、さらさらとした茶色の髪の男に話しかける。 「よっ久しぶり! ……って言っても100mでインカレ連覇中の男はオレのことなんて覚えてないよな?」  わざと大げさに言うと、その男は苦笑した。 「何言ってるんですか。僕は中学で貴方の隣で走ったときのこと未だに覚えてます。こんな凄い人いるんだってトラウマになりそうでした。だから高1で一緒に走れたときは感動してたんですよ? なのにあれからいなくなっちゃうし」 「あー、そうだっけ? 中学ん時も走ったんだっけ?」 「あの時は惨敗でしたけどね。ビビッてましたから」 「ビビる?」 「……目です。緑川拓未の、野獣の目に」  三浦悠紀は穏やかな笑顔を浮かべて言った。  そうか、僕も野獣の目を持っていたのか。そんなことは知らなかった。 「野獣の目っていうなら、オマエもだし、もう一人知ってるんだ」 「ああ……」  三浦は心当たりがあるとでもいうように視線を少しずらして誰かを見た。僕はその視線の先を追った。そこには僕が小学生時代から知る男が立っていた。 「やっと復活してくれたんだね」  その男はやはり穏やかな表情で言った。 「悪い。待たせた」 「待たせすぎだよ。大学入って三年もかかってる」 「一緒に走るのって、あの夜のグラウンド以来?」 「そうだな」 「今度もオレが勝つよ?」 「何年前のこと言ってるんだよ。今度はオレが勝つんだよ。野獣の目を持つには負けないって言っただろ」  かつて競技場のスタンドで杉内がそんなことを言っていたような気もした。そうか、あれには僕も含まれていたのか。  ずっと待ってくれていた幼い頃の友人に感謝の意を込めて、僕は杉内の胸を軽く小突いた。 「男子100m決勝に出場する選手の皆さん、スタートラインへお願いしまーす!」  係員の声が響いた。  僕は杉内と三浦の間に立ち、二人の肩に手を回す。 「さ、オマエらまとめて倒すよ。オレの中学以来の大復活勝利の引き立て役としてよろしく」 「よく言うよ」 「今度もオレが勝ちますよ」  僕たち3人は決勝のスタートラインへと並び歩き始めた。  さぁ、止まっていた時間を動かしに行くんだ。  スタンドから降り注がれる拍手の音を聞きながら、胸の奥から湧き上がるような感情が抑えきれず僕は思わず笑った。  
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