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九月になり二学期が始まった。
学校の正面には「祝 インターハイ出場 杉内恭介くん 陸上男子100m」という垂れ幕が掛けられていた。
何の結果も残すことができなかった僕は、進路指導室で担任と卒業後の進路相談をしていた。
「『陸上の強い大学に行きたい』かぁ……。で、第一志望が清鵬大か海応大かぁ」
担任の森本先生が僕の提出した進路希望票をみながら右手で無精ひげの生えた顎をさすった。
「緑川が中学時代に100mで全国制覇したことは知ってるが、高校じゃ1年のときの県準決どまりだろう? さすがに強いところは推薦もらえないよなぁ。杉内じゃあるまいし」
「杉内は、やっぱ推薦貰えるんですか?」
「詳しい話は知らんが、何個か大学から声は来てるみたいだぞ。本人がどう選択するかは知らんが。海応大は来ていたはずだな」
インターハイで準決勝まで進出した杉内ならば当然のことなのかもしれない。そして、何一つ実績のない僕に陸上強豪校への選択肢がないのも当然なのかもしれない。
「じゃあ、一般受験で大学進学を目指します」
「だけどなぁ、いまの偏差値は理解しているか? この2つはちょっと厳しいぞ。もう少し偏差値が低い体育学部を受けるっていう手も……」
「努力します」
僕は森本先生の話を遮った。少し驚いた表情の先生は「いや、努力って簡単にいうけどな」と間を置こうといた。
「先生、オレはこの2年間、ビビったものからただ逃げ続けていたんです。でもオレとは違ってそれに立ち向かって結果を出した奴がいたんです。オレも何かに立ち向かわなければいけないんです。じゃないと、簡単に手に入る環境じゃオレは復活できないんです!」
進路指導室の中に沈黙が流れた。
外で鳴く九月の蝉の声が耳に届いた。
「教師生活を続けてる中で、オマエみたいな目をした奴は何人か見てきたんだ。そういう目をした奴らはこの時期に模試でE判定とかでも、信じられないぐらいの勢いで巻き返してきたりするんだよなぁ。担任としては情けないかもしれんけど、オレの知らないとこで生徒はあっという間に伸びたりするんだよな」
先生は何度か頷き、僕の進路希望票を机に置いた。そして、清鵬大か海応大の名前にそれぞれグリグリとボールペンで丸を付けた。
「まずは10月の模試で風向きを変えてこうか。ここからだぞ、やれるな?」
「はい!」
僕は進路指導室を越えて廊下に響くような声で返事をした。
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