白銀が見えない

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 眼鏡が無い。  ――大惨事じゃないか。  気持ちの良い朝のはずだった。  休日。  休日の朝だ。  気持ちが良いはずだったのに。  起きたら眼鏡が見当たらないものだから、僕の頭は真っ白になった。  全ての輪郭が消え失せた視界の中で、僕は目を細めて周囲を見渡す。  閉め忘れたカーテンの隙間から少しだけ外の様子が漏れていた。  しかし漏れてはいるが、眼鏡が無いのでよくわからない。  少しだけ窓の外に乗り出して外の様子を確認してみると、とにかく白い。  白いことだけがわかる。  昨日、天気予報で朝から雪が降ると言っていたことを僕は思い出す。しかし窓の外が白いのは、雪が降り積もっているからなのか、僕の視界がぼやけているせいなのか、それとも僕の頭の中を抽象的に表しているのかも、さっぱりわからなかった。  わからなかったが、腕を窓の外へ差し出してみると、手のひらに軽やかな冷気が積もる。  ――どうやら雪が降っている。  しかし、そこには何の感慨も湧かない。  寝る前にいつも眼鏡を置いている場所に、眼鏡が無い。  もうそれだけで、絶望するには充分だった。  何も見えないし、何もわからない。  どれだけ家の外に雪が降っていようと降ってなかろうと、今の僕には取るに足らない些末なことであって、眼鏡が無ければ雪が降り積もっていようが晴天だろうが、何一つ影響はないのだ。  裸眼視力0.03。  その絶望的に矮小な世界に比べれば、例え外が氷の世界と化していようが、まだ(たくま)しく生き抜く自信はあった。
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