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笛吹き男
笛の音が響く。
その音はどこまでも明るく、けれど聞いた者を二度と離さぬ悪魔の色を持つ。
大人は耳を塞ぐ方法を知っているが、子どもたちはその音に耳を貸し、その音の方へふらふらと歩いて行ってしまう。
ピエロのような格好をした男はなんの変哲もないような笛を吹きながら、美しい顔で微笑み、ついておいで、とでもいうように町を練り歩く。
大人たちはぞろぞろと男の後ろからついていく子ども達には全く気づかない。
笛の音を聞かぬ方法を知っている大人たちは、大切な愛する我が子が消えたことにすら気づかない。
一心不乱に田畑を耕しながら、その日その日のことをただ考えている。
男は黄金の瞳をキラキラと輝かせながら笛を吹き続ける。
町中の子ども達が男の元に集まり、その男の後ろに行列をなしていく。
ふと、男は大きな洞窟を見つけると子ども達を振り返り、笛を吹きながらにっこりと笑った。
そのまま迷わず洞窟に入り、百人を超える子ども達がそれに続く。
最後の子ども達が入ったのを見届けると、男は何かに気づいたのか一旦自分は外に出、笛を吹きながら近くの教会へと足を踏み入れた。
祈りを捧げていた司教が、男の侵入を認め、ただ静かに彼を見つめる。
男は初めて笛から口を離すと、吹いてもいないはずなのに鳴り続けている笛を片手に構えた。
「子ども達をどうするつもりなのですか」
司教の質問に男は美しい笑みをかたどり、ふふ、と声を漏らす。
「どうするつもりだと思う、君は」
「……一体あなたは何者ですか」
「しがない笛吹き男さ」
男は司教に近づくと、彼のつけている十字架のネックレスを手に取り、光にすかした。司教はあらがうこともせず男のさせるがままにする。
「君は神はいると思うか」
「……もちろんです」
「そうか。なら、祈っておくといい。子ども達がかえってきますように、と。」
「……?」
「もしその神が、僕だとしても君は祈れるかな。」
司教は混乱した顔で男を見つめる。
男ははっと笑うと、十字架を引きちぎり、司教に片目でウィンクをしてひらひらと手を振った。
司教の頭をもうろうとさせていく笛の音がだんだんと大きくなっていく。
司教は必死で意識を保とうとしつつ、男に手を伸ばした。
それをしっかりとつかみながら男は笑う。
「じゃあね、百年後にまた会おう。僕の愛しき子羊よ。」
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