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彼は、何者だ。 十字架の前で一人、エイリアスはたたずみそんなことを自問自答した。 気が遠くなるほど、幾度も、幾度も、繰り返していた。 人々は集った。 祈った。 尋ねた。 ――子ども達は、一体何処へ消えたのか―― その答えを自分は持ち合わせていない。 その問いへの最適解を、自分は導き出せない。 導き出せぬまま、一年は過ぎる。 春が巡る。 夏が襲う。 秋が過ぎ去る。 冬が、来る。 人が死ぬ。 エイリアスは千切れた鎖を片手でもてあそびながら、十字架を切る。 アーメン。 その通りです。 その通りです、神様。 我らの創造主よ。 100年。 その年数は彼にとって、短い。 短く、そして味気ない。 人が死ぬ。 それだけが彼の瞳には映る。 神の審判にかけられていく人々を横目に見ながら、彼は鐘の音に耳を澄ます。 いつか耳元で鳴るであろう、その音を待つ。 人は忘れる。 問いを忘れる。 子どもの存在を忘れる。 子どもが、生まれる。 「司教様」 彼を求める声に、エイリアスは振り向いた。 美しい黄金の瞳を微笑みで歪ませ、どうされましたか、と尋ねる。 尋ねながら、泥で汚れた腕を伸ばす男の手を清く白い手で握った。 男は暖かな彼の温もりに瞳を震わす。 ほっとしたように息を漏らすと、白く辺りが凍りエイリアスはそっと自身のガウンを彼の肩にかけた。 男はすがるように声を漏らす。 「どうか助けて下さい。どうか、どうか。」 「大丈夫です。さぁ、座って」 エイリアスの導きに従い、男は礼拝堂の椅子に腰を下ろす。 冷たい木枠はきしみ、淡い光はステンドグラスを通じて男の身体を照らす。 誰もいない礼拝堂に二人の息づかいが満ちた。 廻る。 人の死が廻る。 「あぁ、司教様……」 エイリアスの顔を真っ正面から見つめるなり顔を覆った男に、エイリアスは一瞬も動じず、彼の両手をそっと取り両手で握った。 美しい黄金の瞳が男の灰褐色の瞳をのぞきこみ、優しく唇は弧を描く。 男はその美しさに身を震わすと、あぁ、と声を漏らした。
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