1話目 鹿島社長、痛恨の遅刻

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1話目 鹿島社長、痛恨の遅刻

二人の美女は、図らずも周囲の注目を集めた。 クスッと笑う美女たちの口元には、辛口のマティーニが二つ。 この乾杯は裏切りと契り、二つの意味を持っている。 ―――物語は、ここから始まる。 あー…こりゃ遅刻かな…。 異常気象の大雪による交通障害で未曾有の渋滞に見舞われた鹿島は、思わず愚痴を吐いた。 鹿島は30歳のころ、若くしてタイヤメーカーである株式会社ランディアを立ち上げた社長だ。 一流企業とは言えないが、国内のタイヤメーカーの一端を担う会社として、確実にその地位を確立しつつあった。 鹿島は黒塗りのSUVに乗り、大雪にも動じず商談先へと向かっていた。 ふと路肩に目を移すと、スタックしている高級車がいる。 見て見ぬ振りで去っていく後続車にため息を一つ吐き、鹿島は車を降りた。 鹿島『大丈夫ですか?』 高そうなスーツを着た男性に、鹿島は優しく声をかける。 男性『雪にハマって出られなくて…』 急いでいるのか男性は焦りの表情を見せた。 鹿島『僕の車で引っ張りますね!大丈夫ですよ!』 こんな時SUVは活躍する。 鹿島の愛車は男性の車を難なく脱出させた。 男性『ありがとうございます、お名前を教えてくださいませんか』 男性はほっとした表情で鹿島に名前を聞いた。 鹿島『いいんですよ、では急ぎますので失礼します。』 ……やってしまった。 放っておけばいいものを、困っている人がいたら助けてしまう。 今は自分が助けてほしいところなのに。 駐車場が遠いんだよ…。 やっとの思いで商談先についた鹿島は、ビルの階段を2段飛ばしで駆け上がる。 株式会社栗林繊維 ここか。 鹿島は叱責される覚悟を決め、扉を開いた。 立派なカウンターテーブルに、美しい受付嬢。 綺麗なオフィスに、若い従業員が忙しなく動いていた。 息も絶え絶えに、鹿島は受付嬢に話しかける。 鹿島『遅れて申し訳ございません。株式会社ランディアの鹿島です。本日は新製品のご相談に参りました。』 受付嬢『お気になさらないでください。社長もついさっき戻ってこられたところですので。ではこちらへどうぞ。』 受付嬢は遅刻した鹿島に対し丁寧に応対をする。 応接室に通された鹿島は、社長の顔を見て驚いた。 男性『あなたは…先ほどの!』 目の前に現れた男性は、今朝大雪にハマって動けなくなっていたあの男性だった。 男性『先程はお礼もできず申し訳ありません。わたくし、栗林繊維の栗林です。』 そう言いながら、先方が名刺を差し出した。 鹿島『失礼しました。こちらからご挨拶しなければいけない立場なのに。』 慌てて、こちらも名刺を出す。 遅刻したと思い込んでいた2人はホッと胸を撫で下ろした。商談は穏やかに進んでいった。 ………… 会社に戻り商談の内容をまとめた後、鹿島は愛車のハンドルを握り、今日の出来事を振り返りながら帰宅した。 深夜21時。いつも通り缶ビールを開けようと指先に力を入れた瞬間…電話が鳴った。 電話に出た鹿島はあまりの衝撃に慌てて缶を落とした。
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