第1章 シャルルエドゥ

13/13
前へ
/89ページ
次へ
 養成学校――「学校」と言うからには、成績も存在する。  清掃やモンスターに関する座学や技術、魔法、そしてエルフ族や世界の歴史など――何せ、七百年もかけて卒業するのだ。自然と学ぶ範囲も広がって、試験の難易度はいちいち高い。  数ある試験の中でも、卒業試験の結果で初めて社会に出ても通用する首席が決まる。  在籍中に何度優秀な成績を残そうとも、七百年もあればどこかで油断して気が緩んでしまう。しかしそれが卒業試験の日まで保たれたとなれば、本物である。  エルフ族の生徒は成績順にランキング化されて、上から順番に希望の配属先を選べるのだ。優秀な者ならばどこへ行こうとも活躍できるし、彼らに選ばれるダンジョン(職場)側としても特に困ることはない。  最終的にダンジョンの責任者が面接で合否を決めるルールはあるものの、余程のことがなければ採用するのが一般的だ。  そもそも、なぜ万年人手不足のクレアシオンの採用枠が一つだけなのかと言えば――調子に乗って何枠も用意した結果「あそこだけは嫌だ!」と選ばれずに最後の最後まで残るとシャルが悲しいからだ。  卒業式には各ダンジョンの責任者も同席して、生徒が配属先を選び終わると同時に職場説明会が始まる。そして、そのまま面接まで進む者も多い。  シャルは毎回、最後の最後まで残った成績不良者を(さら)う役割を担っていた。  偏りを防ぐためにどこのダンジョンも採用枠が定められていて、定員に達したら選択できなくなる。早い者勝ちなのだ。クレアシオンが嫌なら、少しでも成績を上げるしかない。  首席から順に人気のあるダンジョンが奪われていって、成績不良者には最後まで残ったクレアシオンを宛がわれる――これが、卒業シーズンの風物詩であった。  だからこそシャルは一枠しか用意しないのだ。まず不良(ヤンキー)が数十人とやって来ても、忙しすぎて教育する暇がないという問題もあった。  ただ例え成績不良者だろうが、社会に出ればそれなりに使えるようになるものだ。マンツーマンでしっかり教育すれば尚更である。  ――しかし、今回の卒業式は異例だった。首席がまさかのクレアシオンを選択したのだ。  会場は荒れに荒れた。首席が女エルフだったこともあり、「シャルが篭絡(ろうらく)したのではないか」「何か脅迫されているのではないか」なんて疑いの声が上がるほどだった。  当の本人は「どうしても先輩のところで働きたくて頑張ったんです、ダメでしたか……?」としおらしくしていて、ますます「成績優秀な新卒を欲したシャルが、ついに汚い実力行使に出た」と、疑いに拍車がかかったのは記憶に新しい。 「思えば、トリスが僕に好意を抱く理由も全く理解できないな……」  シャルは、思わずといった様子で漏らした。  ――ルルトリシア。異様にシャルを慕っていて、クレアシオンまでやって来た今回の主席卒業者である。  初めは分かりやすく「ルル」と呼んでいたのだが、他でもないルルトリシアから「先輩と名前が似ていて嬉しいんですけど、畏れ多いんです。トリスと呼んでください」と言われたため、呼び名を改めた。  その畏れ多いという感性も、シャルにはまるで理解できなかった。  よく分からないなりに「じゃあ、僕の呼び名の方を変えれば良いんじゃないのか」と提案したところ、真っ赤な顔で「私だけ「エド先輩」って呼んでも良いですか? 他の人には呼ばせないでください!」と、ますます首を傾げたくなるような要請を受けた。  結局「ルル」という呼び名を使うことは許されず――どっちみちシャルルエドゥを「エド」なんて呼ぶ者は居ないため、黙認している。  どちらかと言えば、問題は「エド」と呼ばれてシャルが正しく反応できるかどうかであった。  半年も経てばさすがに慣れたが、初めの頃は意図せず反応が遅れて「私、何か先輩の気に障ることをしてしまいましたか?」と泣かせてしまったものである。 「――ルルトリシアのこと、「トリス」なんて呼んでるんですか?」  シャルは改めて少年を見やると、小さく息を吐き出した。 「同じ時期に卒業していて、貴様とトリスは大違いだな」  その言葉に、少年は気を悪くするどころか満面の笑みで頷いている。それどころか、陶酔(とうすい)した表情でシャルを見上げた。 「自分、()()だったんです」 「……何? 貴様、次席の意味が分かっているか? 首席の次だぞ、二番目だ」 「も~! 子ども扱いしないでくださいよ、ルルトリシアに負けて次席だったんですぅ! 本当は自分だってクレアシオンを選びたかったのに、枠が一つしかなかったから!」 「子ども扱いじゃない。もっとこう、異次元の何かだと思って接している」 「それ特別扱いってことですか!?」 「その通りだが、あまり素直に頷きたくないな」  頬をパンパンに膨らませる少年の姿を見ても、とても次席卒業者とは思えない。  ――しかしふと卒業式の日を思い返せば、トリスの発言で会場中が大騒ぎの中、それに続く次席は冷えた声色で「希望するダンジョンはありません。どこに配属されても構いません」と告げていたような気がする。  その時の声色とこの少年の高い声色の印象が違い過ぎて、にわかには信じがたいが――希望の配属先が目の前で奪われたとなれば、不貞腐れてしまう気持ちも分かる。  次席だったと言うならば、次席なのだろう。 「それが原因で自暴自棄になって、配置換え祭りか――」 「そうです、一枠しか用意してくれなかったシャルルエドゥ先輩が悪いんですよ! 責任とってください。あと、これからは自分も部下ですから名前で呼んでください!」 「責任と言われてもな……名前――確か、アザレオルルだったか?」 「そうです! どうせルルトリシアが「ルルは()()()()()()嫌」なんてふざけたことを言ったんですよね? じゃあ自分のことも、アズと呼んでください!」  興奮した様子の少年――アザレオルルに、シャルは「被ってる?」と聞き返す。するとアザレオルル改めアズは、破顔して頷いた。 「エルフ族の見分けがつかない先輩は分からなくて当然ですけど、ルルトリシアと自分、中も外もそっくりだって言われるんですよ?」 「いや、それはない。さすがの僕でも、そこは賛同できないな」 「……()()だと言っても?」 「――――――――なんてことだ。僕は今、トリスの評価まで揺るぎかねない事態に直面している」  シャルは両手の平で顔を覆うと、「トリスが時限爆弾と双子だったなんて」と嘆いた。いくら相貌失認の気があるとは言え、まさか双子のエルフにも気付かないとは。  唸るシャルの横では、アズが「双子ともども、末永くよろしくお願いします!」と頭を下げている。  結局アズの異動届が出されたのは、その日の晩のことであった。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加