第2章 お仕事開始

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第2章 お仕事開始

 ダンジョン時間だの世界時間だのと区別していると脳がバグりそうになるが――とにかく、エルフ族がダンジョンで働く時間や日数は全てダンジョン時間に準拠している。  外の世界が深夜帯だろうが、ダンジョン時間を表す時計が朝の八時を示せば日勤の出勤時間。そこから何時間、何十時間と労働して、ようやく一日働いた事になる。  そしてダンジョン時間が十七時になれば、交代の夜勤チームがやってくる訳だ。  夜勤の働き方は少し特殊で、二十二時まで働いたら朝の五時まで中抜け休憩。戻って来たあとは、日勤が出勤する朝八時まで頑張る。  ちなみに夜勤が抜ける空白の七時間は、汚し屋や造型師など特殊な専門技術をもつチームが働く時間だ。  日勤の休憩は一時間。とは言え、ダンジョン内に居座るとタイムカードのカウントを減算されてしまうため、少人数ずつ交代して外へ中抜けする必要がある。  その間に食事、風呂、仮眠を済ませてから再び戻ってくるのだ。  ダンジョン時間で一時間は――エリアの掃除にかかる時間にもよるが――世界時間で言えば平均して約八時間になる。これを短いととるか、長いととるか。いや、まあ確実に短いだろう。  何せ実働八時間を得るためには、よくて約一日、酷い時には一週間以上かかる場合もある。もちろん拘束時間が延びれば中抜けの回数も増える。  ダンジョン利用者の嗜好とモラル、そして清掃するエルフの技術力に左右されるため、こればかりは明言できないのだ。  日勤と専門技術チームとして働く者は、一日出勤したら丸二日休み。夜勤は中抜け七時間で相当な休憩――外の時間でおよそ二日間――をとれるため、五日連勤して二日休みである。  果たしてどちらの働き方が良いのかは分からないが、少なくともシャルルエドゥが管理するクレアシオンでは夜勤が人気だ。  なぜならば人手が足りなさ過ぎて、日勤だろうが専門技術チームだろうが関係なく「一日出勤したら()()休み」を強いるしかないから。  年間の労働日数が増える分、他ダンジョンの日勤と比べればポイントを多く稼ぎやすい。しかしそれをメリットと言って良いものかどうか。  虚弱体質では務まらないダンジョン第一位かも知れない。  だからこそ、やたらとガッツがあって体力の有り余っている不良(ヤンキー)が配属されてもなんだかんだ上手く回って続いてしまうという側面もあった。正に適材適所である。 「そろそろ時間か……」  ダンジョン時間で丸一日休んだシャルも――昨日普通に休日出勤してしまったが――本日は己が管理するクレアシオンに出勤する日だ。  当然のことながらシャルは不人気な日勤。本日付でクレアシオンに配属されるアザレオルルも日勤にぶち込んでやった。  単に日勤の人手が足りていないというだけでなく、シャルと違う時間帯に配属させることに言い知れぬ不安を覚えたのだ。  今まで「シャルと働きたい」その一心で数々のダンジョンを雑に掃除してきたアズ。ただ勤務する時間帯をずらしただけで、何をしでかされるか分かったものではない。  夜勤に組み込んでダンジョンと他の部下がめちゃくちゃになるのも恐ろしい。それならば最初から目の届くところへ置いて、シャルが手綱を握っておく方が良い。  アズとシャル、そして夜勤で働く部下の精神衛生上、その方が全体の生産性が高いだろうと判断してのことだ。  それに何より、アズは双子の妹ルルトリシアことトリスをライバル視している節がある。トリスはシャルと同じ日勤だ。それも、日勤の新人教育はシャルが手ずから行うという決まりがあるためチームまで同じである。  何をもってして贔屓(ひいき)と呼ぶかは分からないが、ひとまず双子は同じチームに入れて様子を見た方が良い。アズは時限爆弾だ。いつどのタイミングで破裂するか、爆破規模がどれくらいか全く読めないのだから。  しばらくの間、アズについての知見を深めながら働くしかないだろう。  なんにせよ希少種のハーフエルフは掘り出し物に違いないのだ。何かエルフには思いつかないような、革新的な案を打ち出してくれれば良いのだが――。  シャルが「次元移動」の魔法でクレアシオンの入口まで飛べば、まだ七時五十分――ダンジョン周辺では、世界時間でたった十分経つのに一時間かかる可能性も十分ある――だと言うのに、既に女エルフが一人佇んでいた。  エルフ族の特徴である金髪、尖り耳、碧眼。同じ年頃のエルフと比べるとやや発育の遅れた低身長。腰まで伸びた癖のないツインテールは、耳よりも高い位置で結ばれている。  ――言われてみれば確かに、どこかの誰かと同じく零れそうな碧眼は熱っぽく潤み上目遣いがデフォルトである。 「おはようございます、エド先輩」 「おはようトリス」  ルルトリシア――昨日シャルがやりとりをした時限爆弾の双子の妹である。  一体何がそんなに嬉しいのか、彼女はシャルを見るなり蕾が綻ぶように笑う。辺りは深夜帯で真っ暗なのに、眩しいくらいの笑顔だった。
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