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第1章 シャルルエドゥ
クレアシオンは、冒険者にとって始まりの街である。
ヒトが冒険者になるための試験を執り行うギルド会館があり、初心者向けの安価な装備品や回復薬を取り扱う大商会があり。宿屋のグレードもピンキリで、経済力によって選べる食事処も豊富だ。
そして何より、最寄りのダンジョンにはゼリー状のスライムと緑色の肌をした小鬼――ゴブリンしか生息していない。宝物殿前のボスでさえ、他ダンジョンではザコ扱いのサハギンという半魚人だ。
危険度が低く、それに伴い経験値こそ少ないがモンスターの出現数は多い。つまり初心者が比較的安全にレベル上げしやすい。知識がなくとも一目見て分かりやすい薬草や、水辺では魚の採取も可能。とにかく初心者に優しいチュートリアル的なダンジョンだ。
冒険者はまずここクレアシオンを拠点に活動し始める。そうして自身のレベル上げをして資金を蓄えたら、ギルドでパーティを組むもよし、別の街へ移動して他のダンジョンに潜るもよし。その繰り返しで、いずれ冒険者はヒト族の英雄にまで成り上がる――これが冒険者の王道だった。
クレアシオンのギルド会館横に建つ、比較的リーズナブルな価格設定のカフェ。窓際の席に腰掛けて一人読書に勤しんでいるのは、山吹色の長髪を頭の高い位置でひとまとめにした尖り耳の青年だ。翡翠のような瞳は切れ長で、手元の本に視線を落としているため頬には長い睫毛の陰がかかっている。
金髪碧眼に尖り耳。まごうことなきエルフ族の特徴だ。見た目だけは二十代だが、エルフ族は数万年単位で生きる長命な種族である。恐らく、少なくとも三千歳は超えているのではないだろうか。
――彼の名前はシャルルエドゥ。舌を噛みそうな名前だとして、仲間のエルフは「シャル」という愛称で呼ぶ。本日は仕事が休みの日で、ダンジョンを離れゆったりと過ごしているようだ。
黙々と文字を追ってページをめくる細長い指。ぶ厚い生地のローブから覗く真っ白い首筋には、男性らしく大きな喉ぼとけが目立つ。
妙に気だるげで濃い色香の漂うシャルに、少し離れたテーブル席に座るヒト族の女性三人組がチラチラと熱心な視線を送っていた。
足さばきのよさそうな短いプリーツスカートに、上半身は揃いのレザーメイル。いかにも安価な既製品だ。全員まだ冒険者になって日が浅いのだろう。
「ねえ、あの人エルフ族だよね? こんなに近くで見たの初めて~!」
「私たちと一緒にパーティ組んでくれないかな? エルフ族って華奢に見えても、あれでオークより力が強いんだって」
「ええっ、あんなに線が細くて? じゃあ、筋肉だるまみたいなヒト族の剣士より強いんだ……良いなあ、強引にリードされてみた~い」
女性の囲むテーブルから「きゃあ~!」「ちょっと、なに言ってんのよ~!」なんて、華やいだ声が上がる。
オークとは中級ダンジョン以降に出現する二足歩行の豚型モンスターだ。一見すると脂肪で膨らんだ醜い肢体をしているが、その実、分厚く発達した筋肉を守るために上から薄い脂肪で覆っただけのゴリマッチョである。
何せ彼ら、三百キロ以上あるグランドピアノだろうが軽々抱えてしまえるほどの力自慢だ。
そのオークよりも身体能力が優れているというエルフ族もまた、華奢な見た目に反して腕力には定評がある。筋骨隆々としたオークと違い、明らかに物理法則を無視しているようだが――そういう生き物なのだから仕方がない。文句なら、大昔にこんなとんでもない生命体を創造した神々へ言って欲しい。
エルフ族が奪われたのはあくまでも魔法だけだ。元あった高すぎる身体能力についてはそのまま残されている。だからこそ過酷な労働にも耐えられてしまうとは、皮肉が効いている。
ちなみに、魔族とて初め奪われたのは魔法だけで尊厳みたいなものはいくらか残されていた。
しかし神罰として『モンスター役の刑』を科された当初、懲りない魔族は「ハア~? こんな事やってられっかよ、神のバーカ!」と言わんばかりに、対峙する冒険者を悉く惨殺してしまったのだ。魔法が使えずとも元よりヒト族とは身体能力が比べものにならないのだから、当然の帰結だった。
なんなら残された「時間停止」の魔法でヒトの動きを止めて一方的に嬲るとか――魔族が指一本でも触れてしまえばヒトも動き出すものの、文字通り瞬時に距離を詰められる恐怖と言ったらないだろう――「収納」魔法で異空間にヒトを送り込んだのち閉じ込めて餓死させるとか「次元移動」の魔法を利用してヒトの体を捻じ切るとか、本当に好き放題していた。
なぜ絶対的強者であるはずの魔族が――正義が、弱者であるヒト族の糧にされるのか。やれるものならやってみろ食糧、と。
すると神々は、当然のようにブチギレた。反抗ばかりして従わない魔族の精神を破壊して、身体能力まで大幅に引き下げたのだ。
神々に精神を破壊された魔族は今度こそ本当に全ての魔法を失った。それどころか、思考する能力さえも。理性すらない獣、本物のモンスター。ヒトにとって糧でしかない、永遠に死と再生を繰り返す機構のような存在にされてしまった。
ただし、全ての魔族がそうではない。誰も彼もが神罰に反抗した訳ではないのだ。
中にはいまだ「時間停止」「収納」「次元移動」の魔法を保持していて、身体能力もそのままに精神破壊を免れた知性ある魔族も居る。そういった魔族は超上級ダンジョンのボスとして居座り、時たま訪れる命知らずな冒険者を死なない程度に小突いているのだ。
例えば「よく来たな、冒険者よ」と話しかければ、「ウワー!? あのモンスター喋るぞ!!」なんて驚かれるのがお約束。そうして、じゃれつくヒト族と遊んでやっているぐらいが賢い生き方なのだ。その生き方ができない魔族は神々の怒りを買って精神を破壊されるしかない。全くもって世知辛い。
もちろん魔族にだって労役に付随する『ポイント』はある。いつか役から解放される日を夢見ながら、今はヒト族を転がしておくしかないのだ。
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