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梨本紗栄子が現場に着いたときには、すでに何もかもが終わっていた。
学校の正門の脇に止まっている数台のパトカーはランプもサイレンも消しており、夜の住宅街の中で硬質な幽霊のように白く浮かび上がっている。ふたりの警官が無線で連絡を取ったり、校門で見張りをしたりしているほかは、みな校内にいるらしかった。
野次馬は幸いにもいないが、パトカーのほの白さが紗栄子の目の前に非常事態の印を突きつけ、鼓動を早くさせる。
あってはならないことが、この学校で起きたのだと、思い知らされる。
警官のひとりがこちらに気づいて、紗栄子に居丈高な呼びかけをした。
「ここは立ち入り禁止ですよ。用がないのなら……」
「今保護されている生徒たちの担任をしています、梨本という者です。生徒と、それから警察の連絡を受けて来ました」
警官と話すのは交番に落とし物を届けに行くときくらいのものだったが、こんな事態でもしっかりした声の出ることに紗栄子は我ながら驚いた。
「校長と教頭は遠方に住んでおりますので、今夜は市内に住んでる私だけ来ました。あの、生徒たちと話を……それから、聞いた話がほんとうなのか……」
語尾をにごした紗栄子に、当然の反応だと言わんばかりに警官はうなずいて、無線で誰かに連絡を取った。
すぐに生徒用玄関を抜けて、二十代後半ほどの、紗栄子より少し年上であろう婦警が小走りにやってきた。
「梨本先生ですね。ご足労ありがとうございます」
この異常な事件に携わりながらも、あえてそう振る舞っているのか、柔和な笑みを婦警は浮かべた。
「生徒たちから話を聞かせてもらっていますが、そろそろ終わるころでしょう。保護者の方々にも別室で一応お話をうかがっていますので、終わり次第連れて帰っていただく予定です」
婦警の言葉を聞きながら、紗栄子は正門の真向かいにある三階建ての旧校舎を見上げた。鉄筋ではあるが築五十年を越えてかなり古びており、満月の夜空を背景にそこだけ黒く塗りつぶされたようになっている。花壇の前に救急車が一台止まってはいるが、旧校舎とその周りを行き来しているのは警官ばかりで、救急隊員が負傷者を手当てしている様子はない。
窓のひとつに目をやろうとして、紗栄子はとっさに顔を背けた。
きっと何かを、恐ろしい何かを見てしまうだろうという予感がした。
秋に入ったばかりだというのに、真冬の空気が襟元から入り込んだような寒気がする。
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