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どうかしましたか、という声にうながされて、紗栄子は足を早め、婦警に続いて高等部校舎の正面玄関に足を踏み入れた。
案内された部屋は担当している二年生の教室ではなく、ふだん教職員が使っている応接室のうちひとつだった。婦警がドアをノックすると、中からフィッシングベストを着た刑事らしき中年の男が出てきて、婦警と短く言葉を交わした。
婦警は紗栄子を振り返った。
「生徒たちからはもう話は聞き終わったそうですから、入って構いません。お望みなら私がついていますが」
紗栄子は難しい顔をしている刑事と、微笑みの中に緊張を隠せない婦警を交互に見て、
「いえ、私たちだけで話をします」
と言い切った。知らない人間がいては話せないこともあるかもしれない。
では私は部屋の外にいますので、と婦警は答えた。刑事はまだ難しい顔のまま、
「すみませんが、生徒さんが帰りしだいお話をうかがっても? 彼らの話はどうも……」
常識では考えられない、という言葉はあいまいにとぎれた。紗栄子がうなずくと、刑事は婦警にあとを任せてどこかへ歩いていった。
比較的広い応接室ではあるが、刑事がいたせいか取調室のような雰囲気がどことなく残っていた。テーブルに向かって、三人の生徒が椅子に座り込んだまま気力を搾り取られたようにぐったりとしている。
三人。
四人、ではなく。
「先生!」
真っ先に声をあげたのは、手前に座っていた柚木さわみだった。泣きはらしていた目から、また涙がこぼれ落ちはじめた。救急隊員に手当されたらしい頰のガーゼが、流れる涙を吸い取っていく。
もつれた足取りで近づき、抱きついてきたさわみの、長い黒髪のかかった背を撫でた。
「柚木さん、大丈夫。座って。疲れてるでしょう。もう安全だから」
安心させようとはしているが、紗栄子自身もさわみの背を撫でる手の震えを抑えるのが精一杯だった。さわみがクラスのライングループに流した言葉は、あまりに異様なものだったからだ。
「たすけて」
「首折れに襲われた」
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