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さわみが泣き止んだのを待って椅子に座らせ、紗栄子もその向かい側に腰かけた。どう声をかけていいのか分からないが、沈黙のほうがずっと恐ろしく思える。
「……旧校舎に入ったのね?」
「立ち入り禁止なのは分かってた。それはごめん」
まだ気がしっかりしているらしい有明由里恵が答えた。校則ギリギリまで明るく染めた茶髪を耳にひっかけて後ろに流している。そのこめかみにも、大きなガーゼが貼られていた。
「幽霊を探しに行こうって話が出たんだよ。暇つぶしというか……遊びのつもりで。誰が言い出したんだっけ……。でも先生も知ってるでしょ。旧校舎の幽霊」
首折れミヤコ。
どこの学校にでもある、幽霊の話。
ありえないはずの話。
しかし、この学校では、とある理由から強烈な存在感を持つ奇妙な怪談。
だから、紗栄子は一笑にふすことができなかった。現にひとり、この場にいるはずの人間がいない。いつものグループの中で、いたはずのひとりがいない。
「そしたら……実際に出くわした。信じてくれないかもしれないけど。あいつに……首折れに」
由里恵が続ける。声がか細くなっていく。
「噂の通りだった。ほんとうに首が折れてた。追いかけられたんだ、どこまでもどこまでも先回りしてきて。何時間も逃げ回って。それで……それで」
「南雲が死んだ」
ぽつりと、中尾太平が言った。
南雲が死んだ。
南雲詳が死んだ。
紗栄子は膝の上でいつの間にか、爪が食い込むほど手を握りしめていたことに気づいた。
「……それを、その場面を見たの?」
中尾が首を横に振る。うつむいた顔からは何も読み取れない。ただ、いつものがっしりとした体格が、今はいくらか小さくなっているように見えた。
「死んだところは見てない。警察にもはっきりとしたことは言えなかった。警察が死体を見つければそうと分かるけど」
「死体とか言わないでよ」由里恵がうめくように抗議した。
「気分が悪くなる……吐きそう」
「でも、きっと死んじゃったよ」
さわみが震える声でつぶやいた。唇が青い。
「だってあんな、あんなの。いくら逃げられないからって、南雲ひとりで……なんとかできるわけないよ。死んだに決まってる、あいつは死んだんだ!」
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