序 首折れミヤコ

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 震え声はヒステリックな叫び声となって、応接室の白い壁に反響した。    紗栄子はさわみの肩に手を乗せて、目線を合わせた。さわみの瞳は定まらずにゆらゆらと動いている。肩が冷たい。震えている。その肩を数回、しっかりと揺さぶって、できる限り力強い声を出した。 「そんなことは起こり得ないよ。南雲くんのことは警察のひとが捜してる。校舎の中だろうからきっと見つかるよ。もうすぐ警察のひとが親御さんを連れてくるから、帰ってゆっくり休んで。いい?」  さわみの目線がようやく定まったが、怯えているのには変わりない。ほかのふたりも大なり小なり、同じような恐怖を抱いているはずだ。  これは担任の自分だけで解決できる問題ではない。明日になれば、学校も同じ判断を下すだろう。  やがて三人の保護者が警察官に案内されて、生徒たちのいる応接室に来た。保護者たちも程度の差はあれど、警察まで動き出しているというこの事態に困惑しているように見える。時刻はすでに十一時を回っていた。  応接室から玄関へ連れ立って歩いているとき、ふと、さわみが由里恵にささやいた。 「ねぇ、もし、『首折れ』が旧校舎の外にも出られたらどうしよう。だって、わた、私たち、『首折れ』を見ちゃったんだもの。呪われた、かも、しれない。あの噂が、う、嘘だったら、どうしたらいいの? 私たち、もう逃げ場なんて……」 「うるさいな!」恐怖がいらだちに転化したらしく、由里恵はかんしゃくを起こしたように叫んだ。前を歩く中尾の両親が振り返る。 「首折れは旧校舎の中にしかいられないんだ、決まってるだろ。新校舎に出たなんて話すら聞かないんだから。バカなこと言うな。ほんとにさわみはビビリなんだから」  由里恵はさわみというより、自分を落ち着かせようとしているように見えたが、うまくいっていないのがこわばった表情や、必要以上に強い口調から読み取れた。  そして紗栄子自身にも、いつしか生徒たちの不安が伝染して、胸の中に黒い染みのように広がっていた。 「首折れミヤコ」に関しては、信じていいのか分からない。生徒の見間違いであってほしいと思う。けれども、生徒に南雲は死んでいないと言った直後でさえ、心のどこかで確信があった。  南雲詳は死んだ。  そしてまた、紗栄子にも想像がつかないような、何かが起こってしまうのだろうと。
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