一 中尾太平

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「彼の担任はどなたですか?」 「梨本(なしもと)先生です。二年四組ですね」  校長はふたりのほかに誰もいないというのに、声を低くひそめた。 「昨夜のことですが、彼は同じ四組の友人たち三人とともに旧校舎に忍び込んだらしいのです。その三人は戻ってきたのですが……」 「南雲詳くんだけ、行方が分からないと」  遠野は考えるときの癖で、顎に手をやった。 「よくある家出とは違いますね。けれど高校生が隠れられる場所なんてせいぜい友人宅か、それか……」 「いえ、あなたには警察の真似事をしてほしいわけではないのですよ」  校長が手を軽く挙げて遠野を制した。 「遠野先生に任せたいのは旧校舎から帰ってきた三人のほうです。今日は三人とも特別に休ませていますが、梨本先生と警察から聞いたところによると、どうも様子がおかしいとかで」  遠野の職業意識がにわかに頭をもたげてきた。「具体的には」 「旧校舎の幽霊の話は先生も聞いたことがあるでしょう。彼らはそれに遭った、と信じているんですよ。そして南雲くんが犠牲になったのだと」  首を振りながら、校長はまた無理に笑おうとした。 「幽霊なんてとても信じられる話ではありませんが、南雲くんが行方不明になったことは事実です」 「それから、三人がショックを受けているのも確かだと」  遠野は校長の言葉を引き取った。校長がうなずく。 「遠野先生には、三人のケアをお願いしたい。それに、ほかの生徒も少なからず動揺しています。特に二年生ですね……。梨本先生と、場合によっては学年主任の溝口(みぞぐち)先生とも連携を取って事態に対処していただきたい」  受け取った情報を頭の中で充分整理してから、遠野は「分かりました」とうなずいた。即答するには、あまりに事態が奇妙すぎる。もしかしたら、梨本紗栄子のケアさえ必要になるかもしれない。  事件に関わった四人の資料を受け取って校長室を出ると、教室のない一階にすら、得体の知れない不安の影が差しているように感じられた。先ほどまで明るく照らされていた中庭のイチョウの葉も、今は空に雲がかかっているのかどこか色あせているように見える。  南雲詳の失踪。  残る三人の受けた恐怖。  この異常事態に加えて、さらに遠野の心を暗くさせるものがあった。  『首折れミヤコ』の噂はこの学校では誰もが知っているが、それを本気で信じているものはほとんどいなかっただろう。南雲が行方不明になった今でさえ、幽霊の仕業だなんて思っている人間は例の三人の生徒くらいかもしれない。  しかし遠野は事件の前から、『首折れミヤコ』という幽霊の存在を否定しきれなかった。  そう思うだけの理由が、過去が、遠野にはあった。
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