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「……これからどうすっかな」  火曜日の十四時。一人の男が奈々木公園のベンチに座りながら呆然としていた。平日というのにベンチから身動き一つ取らない男。つい昨日、彼の生きた三十年間の中で一番の絶頂が終わった。彼自身もそれを実感したのは今だった。 「……無職か……」  ドッグランを走り回る犬。ピクニックに来た親子の笑い声。風に揺れる木々の音。男には周りの声なんて聞こえやしなかった。初めて一人になった男に、非情な現実が襲いかかって来たのだ。  男の職業は『』だった。  分かりやすく言えばボディーガード。彼の国は治安が悪い。他の国に比べて、一年の殺人や強盗といった重犯罪の件数が九倍にも上る。そのためこの国の金持ちは護衛人に依頼をして自分のボディガードをしてもらうのが基本だ。  現にこの公園にいる犬を飼う金持ちも、ピクニックをしている金持ちも、その隣には屈強な男がキョロキョロと辺りを見渡している。  男は護衛人にとって一番やっては行けないミスを犯した。  男が護衛していたというのに依頼人を怪我させてしまったのだ――。
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