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瓶詰めの。
ある日君は、突然僕の前から姿を消した。
スマホで共有していたGPSも、今は切られてしまっている。彼の家や思い出の場所、実家にまで尋ねてみたが、どうやら消えてしまったらしい。
昨日学校であった時は、少し照れるようにして
「またあした」
と言ってくれたじゃないか。
とにかく、なんだか胸が、記憶が、スポンジになったようだった。穴だらけで、かるくなって、少しの風で、どこか遠くに飛んでいってしまいそう。
感情として表すのだとしたら【寂しい】が適切かもしれない。いや、【虚しい】かも、しれないが。
なんだかわからなくなった僕は、君との思い出を瓶に詰めようと思い立った。
金平糖の甘い残り香の残る丸い瓶
変な形をしたアンティークらしき瓶
蓋が可愛いジャムの瓶
クラクラするほど綺麗な色つきガラスの瓶。
その他にも、ゴロゴロと、戸棚の奥から引っ張り出してくる。
その中に、
一緒に花火を見た日
空き地で秘密基地を作ろうとした夕焼け
初めて喧嘩したあの日の、場違いな青空
ふたりでキスをした、甘い部屋の空気
その瓶に、似つかわしい思い出を。
その思い出に、寄り添うような瓶を。
一心に、注ぎつつげた。
こぽこぽと、音を立てて瓶のそこに落ちていく思い出。それは残酷なほど美しくて、どうしようもなくいとおしかった。
全ての瓶が埋まった時、こころなど初めからなかったのかと思えるほど晴れやかな気分になった。蓋に、一つ一つ日付とタイトルを記入して、棚の上に、コトリ、コトリと並べていく。
「花火」
「秘密の夕焼け」
「異質な青空」
「ただ、あまい。」
隙間なく並べられたそれらは、殺風景なモノクロの部屋を、慎ましく、美しく、何よりも暖かく照らしてくれた。
太陽を蔑ろにできるくらいには、僕はその光に心底惚れてしまって。君のことが、俄然好きになってしまった。
この感情も、瓶に詰めてしまおうか。
そうしたら、1等に美しい瓶を、探さなければ。
美しい思い出に囲まれたこの箱庭は、この感情によって、僕の楽園へと成り果てるだろう。
「楽しみ…だな。」
色をなくした夕日が、僕の顔を照らす。
僕は口の端を釣り上げて、わらってみせた。
end
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