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密かに用意させた馬車にユーリィエを隠し、王太子宮に護送させたあとも魔王城の探索を続けたが、他の生き残りは見つからなかった。ユーリィエが生き残ったことはごく幸運なことであったのだと、こじ開けられた隠し扉と荒らされた中の空間を見ては思った。首を切り取られ放置されたユーリィエの父の亡骸、その他の王族の無残な死体をひとつひとつ集めては丁重に葬った。体の一部に獣の特徴を持つ魔族と呼ばれる人々は、強い魔法の力とそれを律する聡明さをもって豊かな魔王国を築いていた。魔法の力もなく、……聡明さも彼らに遠く及ばない人間たちの国であるイルガ・グレインは、「勇者」と呼ばれる男たちを立て、蛮勇と暴力でもって魔王国を攻め落とした。もしくは姿形を異にする異能の者たちへの恐怖の念もまた、我らに大義を与えたのかもしれない。少なくともヴァルシカの父である国王は、魔族への恐怖を煽り利用することに余念がなかった。
魔族とは、恐ろしい魔法を操る悪しきもの。
魔族とは、人間をいつか支配しようと企むもの。
魔族に抗わなければ。
魔族を打ち倒し、人間たちの手に平和を。
吟遊詩人は酒場で勇者の活躍をうたい、魔族の恐ろしさを吹聴して回る。確かに歴史書をひもとけば、魔王国は何度か人間の国と戦をしていた。コロコロと興亡を繰り返す人間の国に対して、魔王国は長くティストラードでありつづけた。おそらくはティストラードの史書にこそ正確な歴史が刻まれているだろう。魔王国が人間の国を滅ぼしたことは一度もなく、人間の国は常に人間同士の争いによって滅んでいるのだ、と。
イルガ・グレインもまた、周囲の人間たちの国を次々と攻め滅ぼし、統一国家の旗を掲げた新興国であった。となれば、戦の総仕上げとして魔王国に狙いを定めたのも、大それてはいるが自然なことだったのかもしれない。はたして、希代の戦上手を歌われた父王アードルガは「勇者」という奇策をもって長きにわたるティストラードの歴史にとどめを刺した。
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