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2.勇者は踊る
「まったく、王太子殿下はお優しいにもほどがあるよ。いっそ気が触れているんじゃないのか? 魔族どもの死体を全部集めさせられて、墓を作らされたんだぜ。城ごと全部焼いちまったほうが早かったよ」
「およし、軽口を叩くもんじゃないよ。そいつはね、あんたが思うより危ない話さ」
「ええ、どういうことだい」
「……あんたはバカだからわかんないだろうねぇ。陛下と殿下のお立場が、すっかり違ってしまっているってことさ。これからこの国がどうなっちまうのか、わかったもんじゃないよ」
「なんだよぉ、せっかく魔王国を打ち倒して景気がいいってのに辛気くさい話すんじゃねぇや」
賑やかな酒場の一角でその会話に耳をすませていた男は、静かに席を立った。近くで酒を傾けていた女がそれに気づき、椅子を飛び降りて男に駆け寄る。
「ねえ、やっぱりアイツのこと置いていくの?」
「……ああ。どうしようもないさ。俺たちはアイツを信じて、間違えたんだ。しかも、取り返しのつかない間違いをした」
「ううん、アタシまだそれよくわかんないよ。だって王様だってすごく褒めてくれて、ご褒美いっぱいくれたじゃない」
男は何かを言いよどんで唇を引き結び、首を横に振る。
「……それだけだ。いいかいマシャ、もし俺たちが軍人だったなら、ご褒美いっぱいで済む話じゃないんだ。俺たちは『勇者』だった。だから、褒美を与えられておしまいだ。アイツはそれに満足していない。……もう関わり合いにならないほうがいいんだ」
「そう……それは、そうかもね。でも、間違いってなに? みんなアタシたちに感謝してるのに」
男は長いため息をつく。
「今だけさ。……だから、今のうちにできるだけ遠くに行こう。どこか遠くの静かな場所で暮らそう、マシャ」
穏やかに微笑んで男が言う。女はそれだけで嬉しそうにうなずいて、弾む足取りで男とともに去っていった。
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