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王太子宮にかくまったユーリィエに城の構造を詳しく聞き取り、何度か部下を派遣して魔王城の書庫に残された資料を取り寄せた。幸いにも書庫に損傷は少なく、しばらくは資料を風雪から守るだろうが、魔王城とその城下を含む踏み荒らされた大地と生き残って捕虜となった魔族たちの処遇は宮廷でも意見の割れるところであり、ヴァルシカが必死になってその保全を探っている状態である。貴重な資料だけでも手元に置いておくに越したことはない。
「お疲れのようだな、ヴァルシカ」
「いいえ……僕の力不足を痛感するばかりです。今まで父のやることを見て見ぬ振りしてきた報いでしょうね」
ユーリィエはヴァルシカが取り寄せた資料を懐かしそうに目を細めて眺め、押してきたワゴンから茶器をとってお茶を用意してくれた。ヴァルシカは慌てる。
「あなたにそんな侍女のようなことをさせるつもりでお迎えしたのではありません」
「だが、わたくしのために侍女の出入りも絞っているのであろう。足りない人手くらいは補うさ」
手際よく香り高いお茶を注がれたカップを受け取り、ヴァルシカは椅子の背にもたれて天井を仰ぐ。
「あなたは……本当に、誇り高く、優しく、聡明で……」
「よい、聞き飽きた。よほど人間の愚かさに絶望しているとみえるな。魔族には当たり前のことに毎度毎度こうも感動するとは」
呆れたふうに笑うユーリィエに、ヴァルシカは首を小さく振って気を取り直す。お茶がおいしい。
「戦後処理の進み具合はどうだ。まもなく冬を迎える、あの大地は凍てつくぞ」
ユーリィエの淡々とした問いかけに、ヴァルシカは深いため息をついた。
「どうもこうも……恥ずかしながら、勇者ひとりに振り回されて国内も落ち着かないのです。父の失策ですが、あの人は失策に自分で始末をつけるということをしない。だから百戦無敗なのです。負け戦は人のものにしてしまうのですから」
「勇者、か」
ユーリィエはカップを手に取ったまま静かに目を伏せた。
「あの者が辺境の砦を攻め落としたときから、我々はあれを形容する言葉を知らなかった。なるほど、手元に置けば、勇者か」
ヴァルシカはカップを置く。
「……悪い冗談です。父の作り出した化け物とさえ言える。魔族への偏見と、それによる恐怖を煮詰めて生み出した……」
ユーリィエはふと顔をあげ、ヴァルシカに視線を向けた。
「……王太子のそなたが、その偏見に染まっていないのも父の失策か? なぜ、こうも魔族に敬意をもって接することができる?」
素朴に投げかけられた問いかけに、ヴァルシカは幾度か瞬きをして考えた。
「失策……というよりは、ほんのほころびを見落としたのでしょう。僕はとにかく目立たないよう、父の便利に使われるよう生きてきましたから」
ヴァルシカはもう一度カップを取り上げ、ゆっくりと傾けてから語り出した。
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