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1.魔王城の落日
荘厳たる魔王城は見る影もなく焼け落ちていた。無闇な破壊や略奪の跡に胸を痛めながら足を進める。これが、父の進めた戦争の結果だ。王太子の身でありながら、ヴァルシカは父を止めることもせず、目をそらしてこの結果を招いた。こんなことになるとは思わなかった、などという言い訳がどれほどの意味を持つだろう。せめて足を止めず、この惨状と向き合いながら、これから先どうすべきかを考える。
「王太子、こちらに隠し扉が……どうやら誰にも見つかっていないようです。開けますか?」
部下の報告にヴァルシカは振り返り、その隠し扉に歩み寄ってそっと中の様子に耳を澄ました。何の音もしないが、略奪し尽くされた城の中にまだ誰にも見つかっていなかった空間があるのであれば、そこに誰かが息を潜めている可能性はある。少しのためらいのあとに、ヴァルシカは部下を下がらせ、静かに扉を叩いた。
「もし……どなたか、この中にいらっしゃいますか。決して危害は加えません。どうか出てきていただけますか」
勇ましさの欠片もないヴァルシカの呼びかけに部下たちは密かに肩をすくめ、首を横に振ったが、しばし後に隠し扉は鍵を開ける音をさせてゆっくりと開いた。ヴァルシカは目をみはる。
分厚い扉の向こうから現れたのは、大きな獣の耳とねじれた角を持つ、この世のものとは思われない美しさの少女だった。繊細な刺繍に飾られたドレスをまとい、淡い色の澄んだ瞳でまっすぐにヴァルシカを見つめている。
「……王太子、ヴァルシカ殿とお見受けする。わたくしはティストラード魔王国第一王女、ユーリィエである」
気負う様子もなく、ただ背筋をしゃんと伸ばして、少女はそう名乗った。騙っているとは思われなかった。どこまでも王者の誇りに満ちており、この無残に破壊し尽くされた城の中で、ただここだけが往時の輝きを残しているかのようだった。
警戒をあらわにした部下たちを制し、ヴァルシカは静かに礼をする。
「いかにも、イルガ・グレイン王国王太子ヴァルシカです。このような対面とはなってしまいましたが、あなたはティストラードに残された唯一の誇りといえましょう。その誇りを損なうことなく、わが国にお迎えすることをお許しいただけますか」
ユーリィエは穏やかにうなずいた。
「もとより、そなたらに逆らうつもりはない。わたくしは敗残の王女である。いかようにもするがよい」
どこかあきらめてしまったような静かな響きの声に、ヴァルシカは胸をつかれて顔をあげた。自らの国が滅び、蹂躙されたこと、その中で生き残った王女であること、その聡明な瞳は何もかもをよく理解しているように見えた。ヴァルシカはぐっと奥歯を噛みしめる。守りたい、と思った。ユーリィエとその誇りを守り抜くことが、この戦を起こした父への答えとなるような気がした。
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