12.君の幸福を、ただ願う(エピローグ)

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12.君の幸福を、ただ願う(エピローグ)

 二週間後の朝。  何気なく新聞に目を通すと、衝撃的なニュースが目に飛び込んできた。 「おい、アルノー……これ……」 「はい? なんでございましょうか?」  ──リーズデイル家の当主、レナード・リーズデイル氏が急死。死因は自殺か?  新聞の見出しには、そう大々的に書いてあった。  記事の内容を確認すると、「最愛の妻が失踪したことを気に病み、自殺したとみられる」などと補足説明もされている。  なんでも、寝室から遺書のようなものが見つかったらしい。  そして、さらに驚いたことに。その翌日には、以前から病に伏せていた先代リーズデイル公が息子の後を追うように逝去したそうだ。 「レナードが自殺……? エルシーを都合のいい便利な道具としか見ていなかった、あのレナードが? しかも、翌日には先代リーズデイル公の容体が悪化して死んだだと……?」 「ギルフォード様、これって……」  アルノーが言わんとすることを察した俺は、力強く頷く。 「北の悪魔の呪い……」 「ええ、そうとしか思えませんね」  確信した俺とアルノーは、互いに顔を見合わせた。  最早、呪いの効果としか思えない。何故なら、偶然にしては出来すぎているからだ。 「まさか、本当に呪いが実在するなんて……」 「ああ。でも、あの二人が死んだということは──」  ──次は、やはりテオの番なのか……?  そうやって、テオの身を案じつつも日々は忙しく過ぎていった。  もし、あの呪いの効果が本物なら、俺にはどうすることもできない。  唯一できることと言えば、ひたすらあの子の無事を祈ることくらいだ。  そして、一ヶ月ほど経ったある日のこと。  ついに恐れていたことが起きてしまった。……そう、テオが亡くなったのだ。  死因は、池に落ちたことによる溺死。メイドがちょっと目を離した隙に、姿が見えなくなったらしい。  捜査の結果、事件性は低いとのことで最終的には事故として片付けられたそうだ。  あと、これは今回の呪いと関係あるのかはわからないが、その数日後には何故かアビゲイルも不審な死を遂げている。  だからといって、別に彼女が働く娼館の周囲から複数の人形が見つかったという報道はない。  けれども……後日、彼女の部屋から出来の良い『ビスクドール』が一体だけ見つかったそうだ。  娼館の女主人によると、アビゲイルがその人形を所持していたことは一切知らなかったという。 「結局、あの二人の思惑通りになってしまったな」 「ええ、そうですね……。エルシー様とジャック様は、今頃どうしているんでしょうか?」 「さあな。でも、多分幸せに暮らしているんじゃないか? 願いが成就して、ようやく辛い過去と決別できたんだから。あのまま泣き寝入りしていたら、きっとその生活も手に入らなかっただろうし」  そんな会話をしながら、俺はアルノーと一緒に枯れ葉の舞う街を練り歩く。 「ギルフォード様、なんだかちょっと嬉しそうですね?」 「……? 俺が?」  アルノーに意外なことを尋ねられ、思わず首をひねってしまう。  ──でも……確かに、アルノーの言う通りなのかもしれないな。人が亡くなっているのに、こんなことを思うのは不謹慎だし最低かもしれないけど……。  叔母さんから真実を聞かされて以来、俺はエルシーの今後の幸せを願わずにはいられなかった。  そして、その考えは最後まで揺らぐことはなかった。  だからこそ、彼女が無事復讐を遂げて今は愛する相手と遠くの土地で幸せに暮らしていると思うと嬉しくなるのだろう。  つまり、探偵としてではなく、俺個人としてはエルシーの復讐を心のどこかでは応援していたのだ。  ──でも、なんでここまでエルシーの幸せにこだわるんだろうな。俺は。  そこまで思案して、ふと、ある考えが頭をよぎる。  ──ああ、そうか。俺の初恋の相手は、エルシーだったのか。  思えば、幼少期からずっと自分の遊び相手になってくれていた。何かと、世話を焼いてくれた。  そんな美人で優しい従姉のことを、好きにならないはずがない。  今更、そのことに気づくなんて……。いくらなんでも、遅すぎるよな。 「そうだな……どんな形であれ、敬愛する従姉が幸せに暮らしているなら俺としては本望だからな」  ほんの少しだけ嘘を織り交ぜて、アルノーにそう返事をする。  すると、彼はにっこり微笑んで、 「左様でございますか」  余計な詮索はせず、そう返してくれた。  エルシーが起こした事件は、俺が初めて解決できなかった事件でもある。  ……とはいえ。悔しい気持ちとかは一切なく、不思議と気分は晴れやかだった。  ──いや、解決できなかったんじゃなく、俺自身が解決したくなかったのかもしれないな。  何故なら……前述した通り、俺は心の奥底では彼女の復讐を応援していたから。 「……願わくば、君の進む道に幸あらんことを」  ふと立ち止まって、そう小さく呟く。  そして、どこまでも続く広大な青空を仰ぐと、俺は気分を切り替えて足を踏み出したのだった。  これから待ち受けているであろう、数々の難事件を解決するために。
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