63人が本棚に入れています
本棚に追加
薫さんは、自ら車を運転して出勤しているらしい。
小太郎君と一緒に、カーポートのところまで、薫さんを見送ることにした。
庭先に咲く薔薇の、ほのかにいい香りが鼻をかすめる。
「行ってらっしゃいませ」
小太郎君が頭をさげたので、私もぺこりと頭をさげた。
「行ってらっしゃいませ……」
慣れない言葉づかいのせいか、ちょっと照れくさい。
私は「気をつけてえー」と付け加え、両手をブンブンと大きく振った。
薫さんは、運転席側のドアを開け、くるりと振り返ると戻ってきた。
「あれ? 忘れ物……ですか?」
薫さんは黙ってほほえむと、私に近づき、少しかがんだ。
「んっ?」
「……外国の、あいさつ」
ブルーグレーの目が、いたずらっぽく、私の顔をのぞきこむ。
私はすぐに気が付かなかった。
私の頬に一瞬触れた、柔らかなぬくみ。
それが薫さんの、唇だということに……。
軽やかに立ち去る薫さんを見送り、私は思わず頬を押さえた。
どうしたってドキドキしてしまう。
外国では……って、私、日本人だし。
先祖代々、生粋の、日本人だしっ。
心の中でキャーキャー騒く。
小太郎君がしらけた表情で、ちらっとこっちを見たのが分かった。
最初のコメントを投稿しよう!