*群雲まよふ

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戸惑いつつも、その人の後ろをくっついて店を出た。 「あのう……。もしかして助けてくれた感じですか?」 おずおずと尋ねると、彼はニッコリとほほえんだ。 「気にしなくてもいい。それじゃあ」 そのまま私を置いて、足早に立ち去ってしまう。 人混みにまぎれていくその後ろ姿を、私はぼんやりと見送った。 きれいな人だったなあ、と思う。 青みがかったグレーの瞳、すっと通った鼻筋、えりあしまで伸びた薄茶色の髪。 シャツにループタイ、中折れ帽という、ちょっと変わった服装も、あの人には似合っていた。 まるでどこかの、中世の貴族のような……。 川を渡る夜風が、ひゅう、と私の髪をさらった。  どうして助けてくれたんだろう、と思う。 ――きっと、私が大声で騒いでいたからだ。 私にお金がないのを察し、可哀そうに思って、見かねて声をかけてくれたのに違いない。 もしかして、街頭募金とか無視できないタイプ? 「ちょっと待って! 置いていかないでください」 あわてて走って追いかけて、私は叫んだ。 「待って! ええと、かおるのきみ!」 ちょっと眉根を寄せて、振り返ったその人に、息を整えて話しかける。 「……つかぬことを伺いますが。今って、西暦何年でしたっけ」 「1922年だよ」 「もしかして大正……?」 「大正11年」 ちょうど百年前だ。 頭の中が、グラグラする。 ――ほんとうに? ここは、大正時代なの? 雪ちゃんとはぐれて一人ぼっちで、もちろん家にも帰れない。 こんなに暗くなって、お金もなくて、今晩泊まるところもない。 どうしよう。どうしよう。 私は顔をあげて、思わず叫んだ。 「あのう、今晩、泊めてもらえませんか?!」 彼は、そのブルーグレーの目を、驚いたように見開いた。
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