10人が本棚に入れています
本棚に追加
幼かった頃と比べて、二人が顔を合わせることも、めっきり少なくなっていました。社会人と学生という立場ですから、それは致し方ないことでしょう。
王室親衛隊は少数精鋭で、時に過酷な任務も多く、特殊な仕事が多い都合上、休みを家族にさえ知らせることができません。当然誰かと会う約束などもできないのでした。
けれどもここは、メルタ自身が暮らす館の敷地内。こうして毎日会えるようになった機会を、無駄にはできないと思っていたのです。
もっともそれは、姉が嫁ぐまでの三週間という限られた期間ではあるのですが。
「でも、ここへ来てはいけないと、隊長からいつも言われてるでしょう。そもそも入り口には警備がいるのにどうやって入ったんです?」
「もちろん警備の方にお願いしたんですよ。自分の家の庭なんですから、ダメでしょうか?って。少しだけ大目に見て頂きました」
バルローはぎこちない笑顔で応えてくれましたが、それはメルタの思惑を理解した上での表情でした。
「ダメに決まってるだろう! 何のために親衛隊以外立ち入り禁止にしていると思っているんだ!」
訓練場にある仮設の小屋の陰からいきなり現れた隊長に、メルタは大きな声で怒られてしまいました。
「すみません、隊長様。バルロー様をお迎えに上がっただけですので、すぐに失礼致します」
「そうして下さい。バルロー、お前もだぞ。何でも彼女のせいにするんじゃない」
「はっ」
メルタの思惑。それは、このところのバルローの不調が、許嫁であるメルタのわがままな振る舞いによるものだと、周囲に思わせることにありました。
自分の評価を下げてでも、彼の評価を下支えできればと考えていたのです。
もっとも、その程度の不調で任務に支障をきたすようであれば、親衛隊にいられる資格はないとも言えるのですが。
とはいえ隊長にも、バルローに対してあまり強く言えない理由がありました。先週バルローが落馬した事故の原因、実はこの隊長にあったからなのです。
いつも一緒にいる二人を見て、メルタを目障りに感じたのがきっかけなのですが、後になってやり過ぎたと反省せざるを得ない出来事でした。
「ごめんなさいね、バルロー様。また私のせいで怒られてしまいました」
「いいんですよ。今の私が一番頼りにしているのは、あなたなのですから。それより、隊長のメルタに対する心証を悪くしてしまうのが心苦しいんです」
「そんな、私のことなんて……」
「危ないっ!」
突然大声で叫んだのは隊長でした。
近くで次に行う訓練の準備をしていた隊員が、不用意に振り回した摸擬戦用の手斧を飛ばしてしまったのです。
手斧は、隊長の方を振り向いたメルタの後頭部を直撃したのですが、メルタには何が起こったのか一切わかりません。
その時メルタの瞳に映ったのは隊長の驚く顔だけ。そしてそれもすぐに、黒い帳によって覆われてしまったのでした。
『見つけたっ! そこにいたのねっ!!』
頭の中に知らない女性の声が響くと同時に、メルタは突然、全身に激しい衝撃を受け、地面にぶち当たるようにして倒れ込んでしまったのでした。
(何?今の衝撃は)
「女の子が車に撥ねられたぞ」
「誰か、救急車を呼べ!」
「とりあえず意識を確認するんだ」
(みんな何を言っているの?)
衝撃を感じて思わず閉じた目をゆっくり開くと、そこには今まで見たことがない真っ黒な地面が広がっていました。
それがアスファルトだったというのを彼女が知るのは、もう少し後のことになるのです。
【1】page 2/2
最初のコメントを投稿しよう!