あんなこといいな、出来たらいいな

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あんなこといいな、出来たらいいな

 小学生だった私は、ある時こう考えました。 「未来の世界の猫型ロボットは、どうして成績が悪くてぐうたらなあの子の家にしか来ないのだろう。未来の世界で時空間移動装置(タイムマシン)が発明されたのなら、過去に遡って現在の状況を改善してしまおう、と考える人々がとうぜん現れるはずなのに」  その漫画を読めば、誰もが抱く疑問でしょう。でも誰も口には出しません。子どもだって、作り話(フィクション)だと分かっていますから。  同級生にひとり、「おかしいじゃん」と矛盾点を言い立てた子がいました。でもたいていの友人は彼の意見に、「そうだけど」と返事をした後で、こう言い返したのです。 「何でそんなにむきになるんだ」  まさにそのとおりで、空想科学小説(サイエンスフィクション)やファンタジーの設定に対して現実(リアル)と比較したり、現実的(リアリティ)が無いと文句を言ったりするのは無意味(ナンセンス)でしょう。  ただストーリーについての批判は、その人が作品を読んだという証左であり、内容を理解した上であれこれ考えを巡らせた結果であるのだから、無下にしてはいけないと思います。同級生はきっと、絵柄の面白さだけでページをめくった読者よりも、作品を深く読んでいたのでしょう。  もしかしたら彼は、「自分のところにも未来からロボットがやってきて、今の生活をもっと素敵なものに変えてくれればいいのに」という切実な思いを抱いていて、現実から逃げ出したい気持ちを批判という形で表現したのかもしれません。  その頃のことです。私が1970年代に読んでいた児童向け雑誌には、よく21世紀の未来科学的発明を描いた記事がイラスト付きで掲載されていました。たぶん近々訪れる「明るい21世紀」への憧れが、今時分よりも強い時世だったのだと思います。  未来予想図には、海底牧場で牧羊犬のように調教されたイルカたちが魚の群れを追い立てているシーンとか、空には超音速ジェット旅客機が飛んでいるとかの解説が載っていました。街中はタイヤのない車(エアカー)が走り、テレビ電話や家事ロボットが各家庭にある、そんな風景も描かれていました。  残念ながら、それらのうち実現しているものは、それほど多くないように思います。社会情勢は大きく変化しましたし、インターネットの普及など想定外の技術革新もあったからでしょう。  超音速旅客機は騒音とコストの問題で、今や飛んでいません。かわいそうな原子力船は放射線漏れや反対運動の影響で1隻しか建造されませんでした。テレビ電話は実現したものの一般家庭にはまったく普及せず、インターネット回線がその代役をしています。リニアモーターカーと完全自動運転車(ハンドルのないクルマ)は未だ開発中で、実用化はもっと後になるでしょう。  テレビ電話について話しますと、現在(2022)はインターネットのビデオ通話が一般的ですが、それ以前に固定電話や携帯電話で「テレビ電話」を普及させようとする試みがありました。でもなぜか普及しなかったのです。  原因として、当時の通信速度など技術面での問題もあったでしょうし、携帯電話の普及で個人が通話する機会が増えたせいかも知れません。  私の個人的な意見としては、「テレビ電話だと、通話中は映像をオンにしないといけない」のが、最大の原因だと思っています。  電話を受ける際に、いつもきれいに片付いた部屋が背景に映るとは限りません。一人暮らしの学生さんなら親に、単身赴任のお父さんなら奥さんに、とても見られたくない物や人が映り込むおそれがあるでしょう。だからと言って映像を切った状態で電話を受けたら間違いなく、「なんでテレビ点けないの?」と勘繰られてしまいます。ワンルームが基本の一人暮らしには、いや、そもそも日本人の生活様式やプライバシーの考え方とは、とても相性が悪いと思うのです。  製品化の前に、なぜその点に気づかなかったのでしょう。  開発中の次世代自動車でも、「これは売れなさそうだ」というものがあります。  例えば「完全自動運転車」は専用道路か、せいぜい高速道路でしか走れないのではないでしょうか。人が運転する車や歩行者と同じ道路を使用するのは、いささか無理があるように思えてなりません。  もし開発するのなら、本当に人が運転出来ないようにハンドルとアクセルを取っ払ってはどうでしょうか。緊急事態への対処は、ブレーキがあれば十分です。外見だって今の自動車みたいに箱型の必要はありませんし、座席の配置も対面でいいでしょう。  でも車好きの人は、「ハンドルを握っている自分」が好きなので、「運転しなくてもよい車」が売れるかは、やはり疑問です。  もっと未来を予想して、「空飛ぶ自動車」はどうでしょう。私には、あまり現実的な乗り物に思えません。正直に言いますと、全く売れないと考えています。  技術面とか、航空法とか、山積みになっている解決すべき問題は脇に置いて、私が思わず納得した、妻の意見を紹介します。 「絶対、乗らない」  妻は高所恐怖症です。  けっして新しいことに挑戦している方々のやる気を削ごうとしているのではありません。かつての未来予想と比べると、実現可能で人々の役に立つ研究開発だと思います。  でも、どうしてでしょう。幼い頃に見たトンデモ未来の方が、数年後には実用化を目指すとされている乗り物よりも、夢があったように思えてしまうのです。  私はかつて、21世紀に憧れと希望を抱いていました。でも最近の子供たちは、「こんな生活になったらいいな」という煌めく未来予想図を大人たちに見せてもらっているのでしょうか。自分の作品(SF)が思いのほか「明るくない未来」を描いているのに驚き、そんなことを考えました。  いわゆる20世紀少年の私は、その点を自省しつつ、これからは明るい未来を描こうと思います。まずはピッカピカでピッチピチの全身ボディスーツを着られるように、ダイエットでも始めましょうか。 (了) 2022・01・29
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