はつゆめ。

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 ***  私は、夢から生還した。  しかし、本当の本当に追いつかれる寸前であったのは間違いない。もし次に同じ夢を見たらもう、逃げ切ることは不可能だろう。アレがどういった類の化け物かはわからないが、ロクなものでないことは間違いない。美緒はきっと、実家に帰省した時にでも危ないものを拾ってきてしまったのだろう。  翌朝。私の心は、妙に冷え切っていた。  あの夜、目を覚ましたはいいものの恐怖から一睡もすることができず。ずっとスマホをいじっていたのである。そして調べたのだ、悪い夢から逃げる方法を。私がたまたま知らなかっただけで、実はとても簡単で王道な“逃げる手段”があるということを。  それは、人に押しつけること。  自分が見た夢を、他人に“買わせる”ことだと。 ――特に、初夢は“重たい”。それを押しつけるには、いくつもの手順を踏む必要がある。  ややふらつきながらも、冷たい心で学校の門をくぐる。 ――あけましておめでとう、という言葉のあと……すぐ人に夢の話をすること。そしてその人の持ち物を何でもいいから貰うこと。それで、儀式は完成する。そうすることで夢の所有権は話した相手に移り、自分は悪夢から逃れることができる。 「お、おはよう、流美ちゃ……」 「…………」  どこか驚いたような、美緒の顔。私は返事もせずに彼女を睨むと、そのまま別の人物のところへ向かった。  都市伝説大好きな彼女が、夢渡しの方法を知らなかったとは思えない。よくよく考えたら、私の消しゴムを貰おうとした流れが随分不自然だった。無理やりにでも、私の持ち物を貰う必要があったのだろう――私に夢を押しつけるためには。  命の危険を感じるような悪夢だと知っていながら、彼女は私にそれを押しつけたのだ。私が死ぬかもしれないと、そう思っていたにも関わらず。そんな人間を、どうして友達だなんて呼べるだろう。 ――……本当に、怖いのは。夢よりもきっと、人間の方だ。  そして。  私に彼女を非難する権利はない。何故なら私も、生き残るために同じことをしようとしているのだから。 「あけましておめでとう」 「え?」  声をかけると、友人の椿はきょとんとして振り返った。 「あれ、それ昨日も言わなかったっけ?ていうか、顔色悪いけどどうしたの?」 「あはは、もう一回言いたくなっちゃって。……顔色悪いなら、やっぱ夢見が悪かったせいかなあ」  作り笑顔を浮かべて、私は椿に言うのだ。  友達だけれど、本当は。空気が読めないあなたのことをずっと疎ましく思っていたんだよ――なんて感情を押し殺して。 「ちょっと聞いてくれない?マジで怖い夢見ちゃってさー」
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