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「それはいくらなんでも酷いよ」
「でも、彼はやさしすぎるからそうなだけで、本当に私のこと愛してくれてて――」
「違う、酷いのは彩葉――あんただよ」
佳苗の声が重く響いた。虚を突かれた私はその意味を理解できずに呆然とした。
「彩葉がどんな男に捕まろうが、あたしと縁を切ろうが、オシャレを諦めようが、あたしは一向に構わない。あんたがそれで幸せならね。でもね、今の彩葉は幸せじゃないの」
「そんなことないよ、私は――」
「じゃあ何で今泣いてるの?」
何で?
私は私に問いかける。答えはたぶん、知っている。でもその答えを認めることが怖くて、自分の頭の中のキャンバスに黒を塗り重ねてきた。
それが今、少しずつひび割れていく。
「気付いたからだよ、自分を愛してあげたいって」
涙が溢れるように流れた。同時にキャンバスの黒地からカラフルな色が飛び出した。アスファルトを突き抜けて芽吹く花のように。
顔を両手で覆って、大声で泣いた。安堵や後悔、希望、それらが綯交ぜになって、私の心の中を縦横無尽に走り回る。
頭にそっと何かが触れた。顔を上げると、いつの間にか隣に立っていた佳苗が私の頭を撫でてくれていた。その手を握りしめて、また泣いた。
佳苗の手はサラサラしているのに、とても温かった。他人の肌をこんなに温かく思ったのはいつ振りか、思い出せないでいた。
そのとき、店の扉が開いて金属音のドアベルが響いた。ずいぶん荒っぽく鳴ったその方向に顔を向けると、怜斗が立っていた。
彼は私たちを確認すると、生気のない無機質な表情をして、ハンガーにかかった服やマネキンを押しのけながら歩いてきた。
質量の軽い音を鳴らしながら、片腕の取れたマネキンが床に転がる。怜斗は私の前に立って、私と佳苗それぞれに視線を向けた。
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