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森昭彦の語り
「それにしても、ほんとに鼎、古典は駄目だなあ」
五月中旬に行われた実力テストの結果を俺たちは見せ合った。俺は眼鏡のブリッジをくいっとあげ、野村鼎のテストの点数を見つめる。
「進学クラスにいる学生がとる成績じゃないって、先生にも怒られた……」
鼎はがっくりうなだれている。鼎の白い肌が青みがかり、ここ数ヶ月でいっそうやせたようだった。それは古典の点数のせいだけじゃないだろうけど。
「期末テストまでには時間あるだろ。なんとかしよーぜ」
坂田智が軽いテンションで言ってのける。
「そのなんとかがどうしたらいいのか、わっかんねえ。なあ、森せんせー、森せんせーが教えてくれないか」
鼎が縋り付くような目をするが「いや……俺でなんとかできる点数じゃないと思う……そりゃノートも見せるし、簡単な解説はできるけど、鼎、古典についてなーんにも理解してないだろ。無理! あと、俺、人に教えるのはへた!」
俺は大きく頭の上でばってんを腕で作って見せる。
「学年トップ、大学では研究者を目指す森せんせーでも駄目ですのん?」
坂田が鼎の机に軽く腰掛け、へらへらと笑っていた。へらへらイケメン、きらきら光って許せてしまうマジックを坂田は持っている。
「理数系ならまだ教えられるけど、国語や古典って何をどう教えたらいいのか、俺もわかんないんだよね」
正直。と、俺が告げると鼎がさらにがくっとうなだれてしまう。
「あ、でも、ちょいまち。俺がバイトしてるとこのお客さんの知り合いに、文学部の院生いるってきいたことあるわ。その人にカテキョとかしてもらうのどうだろ?」
「えっそんな知り合い、いるの?」
鼎がぱっと顔を輝かせて、坂田を見上げた。
如月晴の語り
六月。梅雨らしく雨がしとしとと降っている。そのためか、妙に空気はひんやりとしていた。
元町の雑居ビル二階にある古書店「1009」の窓から、僕は街ゆく人を見下ろしている。
からん、からん、とベルチャイムの音がした。
「いらっしゃいませ」
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