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「誕生日おめでとう」それは私にとって、最悪の言葉だった。
あの日のことを思い出してしまうから。母親に殺されかけたあの日のことを。
でも、誕生日が好きになったのは、あなたのお陰。
初めてあなたと会った日、あなたは高校一年生と思えないほど大人びていて、女子の間でも話題だった。あなたが告白されたことも次の日になれば、女子が噂していた。あなたの一挙手一投足、全てが輝いて見えたの。つまり、一目惚れよね。まだ、純粋だった私はあなたに話しかけたの。あなたが図書室で呼んでいた本が私の好きだった本だったから。堪らなくなってあなたに話しかけた。
「その本、好きなの?」
あなたは私の方を見ずに言い放った。
「さあ?この作者の書き方が嫌いなことだけは分かるけれど」
「え・・・?」
意外な返事で、私は頬が引きつったのが自分でも分かるぐらいに変な顔をしていた自身があるわ。
「何?さっさと何処かへ行ってくれない?」
あなたは私のことを一度も見ないままで、言ったの。今思い返してもムカつくほどに冷たい対応だった。いつも、女子と話している時はニコニコ笑っているのに、とあの時の私は考えて悩みまくったの。
でもね、次の日にあなたは謝ってくれた。
「ごめん、昨日は本当に失礼な態度を取ったと思う。お詫びとか、何か俺に出来ることがあれば、やらせてくれないか?」
あの時のあなたのことを思い出しても、凄く笑えるわ。だって、あなたは謝るのが屈辱だとでもいうように、顔を歪ませていたんだから。あの時の私はあなたの顔を見て、噴き出してしまったのよね。
「ぶふっ、んふふっ、そんなに嫌な顔して謝らないでよ。あははっ。本当に、あなたは面白いのね」
「へっ?」
あなたはとても不思議そうに首を傾げた。その動作一つで周りに花が咲き誇ったような錯覚がしたわ。まあ、あの時は私も乙女だったら。補正100%だったんだと思うけれど。
私にお願いというお願いは無かったわ。だから、その日は保留にさせて。と言ってその場を立ち去ったの。
あなたの友達があなたの事を、からかっている声が聞こえて、体がかあっと燃えるような恥ずかしさを味わったわ。
ちゃんと、しっかりと考えて、とても恥ずかしいのだけれど、10月22日に一緒に居て、というお願いをしたの。もう、10月の後半に差し掛かってたし、私にとってはとてもいいお願いだから。
するとあなたは、とても困った顔をしたわ。
「その日、俺は誕生日なんだ。次の日か、前の日でもいいかな?」
「!誕生日が一緒なのね!それなら仕方ないわよね・・・大丈夫よ、次の日にしましょう」
本当は、とてもとても嫌だったけれど、人の誕生日を邪魔するよりかは別にいいだろう、と思って私達は23日に、と約束した。
10月22日。今日は最悪なことに、学校が休日だった。私は友達は少ない方だったから、仲良かった子に、メールで一緒に遊べないか聞いたけれど、皆、遊べなかったの。私は一人で家にちゃんと居たわ。
でも、誕生日、というだけ恐怖が蘇ってくる。だから、ここ一週間は体が食事を受け付けなくて、食べても、食べても、戻ってくる。一年に一回だけの地獄の日々。一週間も食べれないと、もちろん限界が来て、私は家で倒れた。
たかが、誕生日。そう。誕生日、ただいつもと違う日が来るだけ。なのに、私はいつまでも、小さい頃の記憶に囚われて、誕生日が怖くなる。
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。小学校に入って、人見知りをしながらも、クラスに馴染んできたころ、私の誕生日が来たの。
その頃の私は誕生日は嬉しい日だった。シングルマザーの母が、唯一豪華な料理を食べさせてくれる日だったから。思い返せば、その日はおかしいことだらけだった。
その日は母が学校に行かなくてもいいのよ、と言って朝から一緒に居た。
そして、ワンホールのケーキ。母と私だけじゃ絶対に食べきれない量の。
母は何処にも行かないのに、とてもキレイに化粧をしていて、その頃の私はその姿の母のことが好きだった。
『誕生日、おめでとう。七歳の誕生日にはこれをかけるのよ』
そう言って、母は真っ白い粉をケーキの一部にふりかけたの。思い返せば、あれが麻薬だったのだと思うわ。
『なぁに?その、粉』
『気持ちよくなれるのよ。そして、とても美味しくなるの』
母は、粉がいっぱいかかった所を私に切り取って分けてくれた。
そして、母と一緒にケーキを食べた。
そして、食べ終わって、母と遊んでいた時に、私は前後不覚になり、食べたものを吐き出した。でも、吐き気が止まらなくて、えずいていると、息が急にできなくなった。首元に手を持っていくと、母の温かい手があった。私は母の泣き声を聞きながら、意識がなくなった。
次に意識が浮上した時は、真っ白い部屋に居た。私は病院で治療を受け、拒食症と薬物依存症になりかけていたところから、回復した。
そのあとは、親戚の家に引き取られ、健やかに過ごした。
あとから聞いた話によると、私が学校に入ったことにより、金欠になり、迷った母は、心中を選んだらしい。
母は、私が動かなくなったことに恐怖を感じ、通報だけして逃げたらしい。
親戚の人たちは母が居なくなったことを悲しんでくれた。
その時の私は、それだけが救いだった。
「・・・・て!・・・・きて!!・・・・・おきて!」
「・・・・だれ?」
誰かに揺すられている感覚がして、目を開けると、あなたがいた。
「ああ・・・良かった。死んでしまったんじゃないかと思ったよ」
「ごめんなさい・・・あ、今日は・・・?」
「今日は二十三日だ。連絡がつかないし、とても心配したんだ」
後からあなたに聞いた話だと、あなたはこの時に、私の友達に聞きまくって、家を探し当てたらしいの。
友達にも、あんなに慌てた姿見るの初めて、と、とても笑われていたわね。
今となってはとてもいい思い出よ。
「あ、鍵はどうしたの?」
「大家さんに開けてもらったんだ。あぁ・・・でも、本当に無事で良かった」
あなたがとても安心した顔で笑うから私もつられて笑ってしまったわ。
その時、私の大きなお腹の音が部屋に響いたの。
グウウゥゥウウ
私は恥ずかしくなって、俯いたけれど、あなたは愉快そうに笑って
「さあ、ご飯を食べに行こうか」
と、優しく私の手を取った。あの時のあなたは本当に王子様みたいで、あの時の私が何を喋ったのか全く覚えてないの。恥ずかしいけれど。ただ、あなたがとても楽しそうに笑っていたのだけは覚えている。
あの後、いろいろな事があって、周りに喜ばれながら、高校三年生の時に付き合ったわね。でも、今までの友達という関係とそんなに変わらなかったような気がするわ。ただ、キスしたり、手を繋いだりそれだけで舞い上がって、あなたはそんな私を見て、苦笑していたわね。
その後も、一緒の大学に行って、婚約したり、お揃いのリングを選びに行ったり、甘い夜を過ごしたり、いっぱい、いっぱい、あなたとの思い出があるわ。
私が誕生日が嫌いな理由を話した日は、あなたは優しく抱きしめてくれて
「偶然、僕も誕生日が一緒なんだ。君だけの誕生日じゃなくて、僕と君との誕生日なんだ。僕の誕生日も祝ってくれ」
と優しく、甘く、囁いてくれた。それだけで、私はその年の誕生日を普通に過ごせたの。
私は思ったわ。あなたの言葉には魔法があるんだと。とてもとても、甘くて優しく優しく私の心を包んでくれる。そんな魔法があるんだと。
このことをあなたに言ったら、
「そうかい、それなら君の言葉にも魔法があるね、ほら、家に帰ってきた俺のことを優しく労ってくれる魔法が。」
とふんわりと返してくれた。
あなたが社会人になって、私が就職先を探していたとき、そんな、日々に終わりを告げるように一本の電話がかかったの。
『身内の方で合っていますか?』
「?ええ」
『では、◯◯病院まで来てください』
あなたが事故にあったと聞いて、血の気が引いたわ。
あなたが死んでしまうんじゃないかと、慌ててあなたに会いに行ったら、あなたはいつもより青白い顔で私のことを呼んだ。
「こっちに、おいで」
「っ・・・」
「ちゃんと、聞いていてね。俺が死んだとしても、悲しむ時間は短くして、君にとって、とても大事な時期なんだから。そして、どうしても辛くなれば、僕との楽しい日々を思い返して。できれば、俺の誕生日を祝ってくれると嬉しいな。ああ、結婚が出来なかったね。俺はこれだけが心残りだよ。君のウェディングドレス姿を見たかった。でもね、俺のことばかりじゃなく、ちゃんといい旦那さんを見つけるんだ。いいね?」
「なんでっ・・・!!なんで・・・そんなに残酷なことを言うの・・・」
「ごめんね。でも、君は芯が強いから、大丈夫だと思うよ」
「ふっ・・・うぅっ・・・」
「泣かないで、君に泣き顔は似合わない」
私の涙を優しく拭うあなた。
「なんで、こういうときも・・・かっこいいのよっ」
「っふふっなんでだろうね?」
あなたは私の手を強く握って、次の瞬間に力が抜けた、あなたは静かに目を閉じた。
ピーッという、機械の音が私の泣き声を消した。
私は、あの後あなたの子を授かっていた事がわかったわ。大手の会社にも入社出来た。
夫もできて、子供も更に二人も増えたの。
私はあなたのことを未だに好きよ。夫はすべて理解して、受け入れてくれた。
私のことが好きだから、と。とても優しいの。本当に、あなたが生まれ変わったんじゃないかと思うぐらいに。
今日は10月22日。ねえ、あなたは生まれ変わって、幸せな日々を送っている?
私は、今、幸せよ。
私のことを祝ってくれる人が居る。とても、大切な家族がいる。
だから、私はあなたに大切な一言を送るわ。あなたと、最後に約束した魔法の言葉
「誕生日おめでとう、あなた」
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