仕事

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 ショータと遊園地に遊びに出かけてから早くも一年と少し経った。  交通事故に遭ってこの総合病院に運び込まれてから七年。まさか俺はこんな形でこの場所にいるとは思いもしなかった。  病院内の小さなホールの控室。赤い帽子に赤い上着。サンタクロースの姿で俺はここにいる。  室内の姿見に自身を映す。車椅子のサンタは、肩に担ぐ大きな袋の代わりに、首にカメラのストラップをかけている。  俺は姿見に向かってふっと笑った。 ――車椅子のサンタ、なかなかいいじゃん。  ようやく、今の自分を認められる気がした。車椅子であることも、カメラを持てるようになったことも、そして、俺にしか撮れない写真が撮れることも。  カメラを構える。そして俺はサンタ姿の自画像を撮った。  移住して開業する話は、あれからとんとん拍子に進んだ。  無事にペインクリニック専門医の認定を取得した香織さんは、総合病院を退職した。といっても完全に縁が切れたわけではなく、アルバイトという形で週に二日の勤務を続けている。そのほかにも神戸市内のペインクリニックでの研修を週に三日。残りの二日は、淡路島での打ち合わせという忙しさだった。  打ち合わせは俺も同行したので、そんな生活を夫婦で約一年間続けていたが、それも先月でひとまず落ち着いた。淡路島での拠点が完成したからだ。  広々とした敷地には平屋の建物が二棟。そのうちのひとつが住居、もうひとつが俺たちの仕事スペースだ。  仕事スペースは「ますいペインクリニック」と「増井出張写真館」。同じ建物に、ふたつの出入り口とふたつの看板が仲良く並んでいる。もっとも面積や規模はペインクリニックの方が立派だが、俺は小さいながらも自分の城を持つことができて嬉しい限りだ。  そして俺たちは、年が明けたら間もなく引っ越しをすることになっている。  控室のドアがノックされて、スタッフが呼びに来た。 「増井さん、そろそろご準備お願いします」 「はい。わかりました」  俺は車椅子のハンドリムを回し、スタッフが押さえてくれているドアから出た。  十二月初旬の昼下がり。これから病院のクリスマス会だ。俺はカメラマンとして会場の様子を撮ることになっている。事故に遭って運び込まれて以来世話になってきた病院でもあるので、恩返しがしたくて今回はボランティアとして引き受けた。  だがこれは「増井出張写真館」としての立派な初仕事だ。
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