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司会の岡崎先生が、秘密を打ち明けるような大げさな仕草で会場に語りかける。
「今回、先生がどうしても最後に紹介しておきたい人がもうひとりだけいます」
大盛況に終わった荒木真希トリオが惜しまれつつ退場したあとだ。知らされていたクリスマス会はもう終わりだが、と呑気に思っていると……。
「それは、みなさんの写真を撮ってくださったカメラマンの増井真也さんです」
思わず耳を疑った。どうして俺の名前が呼ばれるんだ?
側に居合わせたスタッフに促されて、混乱したまま俺は岡崎先生の隣に車椅子を進めた。
岡崎先生が俺に向き合う。
「きっと、今日はみなさんの素晴らしい表情を写真に撮ってくれたことと思います。本当にありがとうございました」
深くお辞儀をする岡崎先生。かぶっていたサンタ帽が落ちる。俺はそれを拾って、岡崎先生の頭にかぶせた。会場に小さな笑いが生まれる。
その時、最後に撮りたい写真が思い浮かんだ。腰を折ったままの岡崎先生にそっと問いかける。
「じつはこのあと……」
「わかりました。とても素敵なアイディアですね」
完璧なウインクをしながら、岡崎先生はスタッフを呼んで耳打ちした。
「じゃあ、撮りますよ。みなさん、掛け声に合わせて笑顔で」
俺は客席にカメラを向ける。そこにいるのは子どもたちとその親、微妙な夫婦漫才を披露した中瀬夫婦、素晴らしいテノールを聴かせた原田先生、ジャズで会場を魅了した荒木真希トリオ、司会とピアノ伴奏を務めた岡崎先生、サンタの衣装に身を包んだ病院スタッフ。香織さんもその中にいる。担当している子がいたのか、その子と楽し気に話している。
「Merry?」
「Christmas!!」
笑顔に包まれた会場に向けて、俺はシャッターを切った。カシャッという小気味いい音が会場の窓をすり抜けて乾いた空に吸い込まれていくようだった。
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