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「香織さん、ちょっと待って」
いったんエントランスを出た俺は、ハンドリムを回す手を止めて香織さんの名前を呼ぶ。
「まだ用事あった?」
振り返って怪訝そうな顔をする香織さんに、俺は提案した。
「うん、売店に用事があった」
「売店?」
「買いたいものがあったのを思い出したんだ」
怪訝そうな表情はそのままの香織さんとともに、再び病院の中に入った。
売店に入り、俺はまっすぐそれが置いてある売り場へ向かう。ちょうどふたつだけ売れ残っていたその商品を手に取り、香織さんに掲げる。
「いつもすぐに売れちゃうんでしょ? この時間まで売れ残ってるっていうことは、きっと奇跡が起きたんだよ」
カレーキャベツのホットドッグ。これなくしてはやはり卒業とはいえない。
レジの店員に言って、温めてもらった。ぬくぬくのホットドッグを手にして車へと戻る。そして運転席へ移乗し、香織さんに車椅子を後部座席にしまってもらった。「ありがとう」と礼を言う。車椅子の出し入れはとても面倒な作業なので、どんな時も礼を欠かさないというのが俺の流儀だ。
「あったかいうちに食べるよ」
「ここで?」
「そのためにあっためてもらったんだから」
苦笑しつつも嬉しそうな香織さんが、包みを開けて頬張る。俺もその姿を見届けてから頬張った。ぱきっと歯ごたえのあるウィンナーにカレー風味のキャベツがたまらない。
「俺さ、やっと向こうでの暮らしが楽しみに思えてきた」
鈴木さんや井本さんと直接話ができて、ようやく俺は「怖い」という感情を手放すことができた。
そんな話を、ホットドッグを食べながら香織さんにする。さっき屋上で飲まなかったミルクティーも飲みながら。カレーとミルクティーは相性抜群だと、また新たな知見を得る。
「あたしもね、新しい生活がちょっとだけ怖かったんだ。でも、真也くんと一緒ならきっと大丈夫ね」
「うん、俺も香織さんと一緒だから絶対大丈夫」
「あたしたち、来年はきっと飛躍の年になるわね」
「そうだな」
同じタイミングでホットドッグを食べ終えた。俺は、ミルクティーを一口飲んでからエンジンをかける。
「さ、荷造りの続きをしに帰りますか」
「そうね」
俺はブレーキを解除し、滑らかに車を発進させた。
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