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その男性が私服だったので思い出すのに少し苦労したが、忘れもしない中瀬店長。いや、元店長の中瀬さんといった方がいいのか。
俺は中瀬さんを見上げた。自然と背筋が伸びた。
「はい。覚えています。中瀬さん」
中瀬さんの顔がほころぶ。店長職を引退して数年経つと思われるが、今もなお若々しい中瀬さんだ。
席まで案内してくれた女性店員が困っている様子だったので、俺と香織さんはそのまま中瀬さんたちの隣のソファ席におさまった。香織さんが奥のソファ、俺は椅子をどけてもらって車椅子をつけた。
「わあ! 景色きれいね!」
さっそく香織さんが上げた歓声に、俺も嬉しいが中瀬さんも嬉しそうな顔をしている。「奥様ですか?」との問いに、俺は柄にもなく赤面して「はい」と答えた。
俺たちのやり取りに遅れて気づいた香織さんが、中瀬さんにあいさつをした。
「夫から話を聞いておりました。あたしもこちらのケーキは大好きです」
「では、今日は存分にお楽しみください」
「はい」
夫婦そろって張り切って返事をしてしまった。そんな俺たちと中瀬さんを微笑ましそうに見つめる奥様の表情が印象的だった。
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