【 】そして朝が来る

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「以前『会わせたい人間がいる』と言いましたが……残念ながら、彼は来ることが出来なくなってしまいました。遠い場所へ行ってしまったのです」  母君は理由を察したようだった。  小さく、それでいて芯の通った声で、ラピスに二、三言声を掛ける。ラピスに意味は通じていなかったが、どこか慰めの言葉であるように感じられた。 「代わりと言っては何ですが、彼の話をしましょう。人間と狼、その両方の命を得た、不思議な生き物の物語です……えぇそうです。私、人間の世界では物語を売っているんです」  その言葉を聞くと、父君が群れに向かって一声吠えた。  群れの中から数匹の狼が前に出て、ラピスの前に何かを転がした。 「おやおや、これは……随分と立派な鹿だことで」  ラピスは久々の獲物を前に、思わず舌なめずりした。 「私への贈り物ですか? 参ったなぁ。食べるの久しぶりで……」  そう言いながらも、ラピスは鹿の体から肉を食い千切った。  口の周りを血で濡らしながら、久々の生肉を味わう。それはラピス・ヌックスという人間ではなく、野生に生きる一匹の獣の姿であった。 「……あ、父君が先に食べるんでしたっけ? 」  狼のルールを思い出したラピスだったが、父君は「別にいい」と言わんばかりに首を振った。それを見たラピスは安堵の息を漏らすと、 「なら弟に妹よ。君達もおあがり」  きょうだいにも食べることを勧めた。  小さな獣はキャンキャンと嬉しそうに鳴きながら、鹿に齧り付いていく。 「ではそろそろ。物語はそうだな……こんな感じで始めましょうか」  ラピスは近くの切り株に腰を下ろし、一度目を閉じて思いを巡らせた。  昔のこと。今までのこと。街で、屋敷で、森で、カジノで起こったこと。  人間を、狼人間(ルー・ガルー)を、生き物を。  やがて物語は、彼女の口から始まった。 「『この街には怪物がいるんだ』」   それはライカ・フィクトが、確かにいた証だった。   夜の闇は次第に薄れ、東の空から太陽が顔を見せた。 【完】
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