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ヴァルツ号の匂いが徐々に強くなる。
それと同時に、もう一つ別の匂いが鼻に入り込んできた。
「まさかと思いますけど、ヴァルツ号はもう……」
「それはないと思いたいね」
僕の仮説を、先生はやんわりと否定した。
「落ちている血の匂いに、ヴァルツ号の物は少ない。むしろ心配すべきは彼女の方だ……ここまで出血させるほどの敵がいるなら、本気で警戒しないといけないぞ」
また足元に毛が落ちていた。先程と同じ虹色の毛だ。
「念の為だけど警部。後ろを確認していてくれ」
「任せろ」
路地は次第に細くなる。ヴァルツ号の匂いはより一層強烈になったが、「もう一つの匂い」がそれを上塗りしてきた。
僕にも分かる。これは血の匂い。それなりに面識のある奴のものだ。
ーーライカ。前ーー
アンジュが呟く。
そして僕の視界にも、彼女が言わんとするものがはっきりと映っていた。
「やっぱりペタルデスか。こんな所で何してるんだ」
「んっ……? げっ‼︎ ライカ生きてる⁉︎ 」
座り込んでいたのは「群れ」の一員、ペタルデスだった。
彼女の体には、何かで切り付けられたかのような傷跡がついていた。狼人間の力で塞いだのか、傷は全て瘡蓋になっている。それでも残っている傷の多さから、彼女が相当な激戦を繰り広げたことは想像できた。
「なんで生きてんの……やっと死んだと思ったのに……」
「このライカ君は前とは別物でね。肉塊に噛まれた彼は死んだから安心しな」
先生はそう言うと、ペタルデスの目線に合わせて屈み込んだ。
「それよりペタルデス。もう一人はどうした? 」
「やられた‼︎ あーもう‼︎ あんな犬に負けるなんて、ペタルデス悔しいー‼︎ 」
……あんな犬?
「ラピス‼︎ なんか来るぜ⁉︎ 」
警部が叫んだ。
咄嗟に振り返る僕達。来た道の方から荒い息遣いが聞こえる。
フゥゥゥ……
肉塊に似た息の音。しかし奴ほど狂気的な雰囲気はない。
「……うわぁ。やっぱり君もそれか……」
先生がげんなりと声を出した。
そこにいたのは黒い巨体の犬。全身の筋肉が盛り上がり、瞳は炎のように激しい光を放っている……そして僕は、この犬の名前を知っていた。
「ヴァ、ヴァルツ号……? 」
大きさは少し違うが、それなりに付き合った仲だ。忘れる筈がない。
目の前に現れた怪物は、僕達と一緒に戦った警察犬。ヴァルツ号だった。
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