【1】虹色と犬

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 ヴァルツ号の匂いが徐々に強くなる。  それと同時に、もう一つ別の匂いが鼻に入り込んできた。 「まさかと思いますけど、ヴァルツ号はもう……」 「それはないと思いたいね」  僕の仮説を、先生はやんわりと否定した。 「落ちている血の匂いに、ヴァルツ号の物は少ない。むしろ心配すべきはの方だ……ここまで出血させるほどの敵がいるなら、本気で警戒しないといけないぞ」  また足元に毛が落ちていた。先程と同じ虹色の毛だ。 「念の為だけど警部。後ろを確認していてくれ」 「任せろ」  路地は次第に細くなる。ヴァルツ号の匂いはより一層強烈になったが、「もう一つの匂い」がそれを上塗りしてきた。  僕にも分かる。これは血の匂い。それなりに面識のあるのものだ。 ーーライカ。前ーー  アンジュが呟く。  そして僕の視界にも、彼女が言わんとするものがはっきりと映っていた。 「やっぱりペタルデスか。こんな所で何してるんだ」 「んっ……? げっ‼︎ ライカ生きてる⁉︎ 」  座り込んでいたのは「群れ」の一員、ペタルデスだった。  彼女の体には、何かで切り付けられたかのような傷跡がついていた。狼人間(ルー・ガルー)の力で塞いだのか、傷は全て瘡蓋になっている。それでも残っている傷の多さから、彼女が相当な激戦を繰り広げたことは想像できた。 「なんで生きてんの……やっと死んだと思ったのに……」 「このライカ君は前とは別物でね。肉塊に噛まれた彼は死んだから安心しな」  先生はそう言うと、ペタルデスの目線に合わせて屈み込んだ。 「それよりペタルデス。はどうした? 」 「やられた‼︎ あーもう‼︎ あんな犬に負けるなんて、ペタルデス悔しいー‼︎ 」  ……あんな犬? 「ラピス‼︎ なんか来るぜ⁉︎ 」  警部が叫んだ。  咄嗟に振り返る僕達。来た道の方から荒い息遣いが聞こえる。  フゥゥゥ……  肉塊に似た息の音。しかし奴ほど狂気的な雰囲気はない。 「……うわぁ。やっぱり君もそれか……」  先生がげんなりと声を出した。  そこにいたのは黒い巨体の犬。全身の筋肉が盛り上がり、瞳は炎のように激しい光を放っている……そして僕は、この犬の名前を知っていた。 「ヴァ、ヴァルツ号……? 」  大きさは少し違うが、それなりに付き合った仲だ。忘れる筈がない。  目の前に現れた怪物は、僕達と一緒に戦った警察犬。ヴァルツ号だった。
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