3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
ザクッザクッ。
ザクッザクッ。
住宅街に鳴り響くスコップで土を掘り起こす音。
校庭に集まった人だかり。
「まさかタイムカプセルを埋めることになるとはなー」
「確かに。こんなの、ドラマとか映画だけの話かと思ってたわ」
「誰がやろうって言ったんだっけ?」
「ハルカちゃん。そりゃエイジしかいないっしょ。こんなバカなこと言い出すのは」
「俺じゃねえよ。タイセイだよ、これは」
「え!? タイセイが? 珍しい」
「いや、なんか記念になることしてないじゃん、俺たち。写真は一杯あるけどね。でもなんか皆の顔とかの見た目以外も残した方がいいかなって」
「確かに」
そんなこんなで彼ら波輝小学校六年の卒業生十人は各々持ち寄った物を段ボールやせんべいの入れ物等に入れて校庭に埋めた。
タイムカプセルは埋めたはいいが、結局皆忘れてしまったり、予定が合わない等で掘り起こすのを諦めてしまったりという話も多い。
このとき彼等も若干十二歳にしてそのような予感がしていたかもしれない。
皆で集まって自分の当時好きなものを校庭に埋めたという思い出を作ることが最大の功績になるんだろう。
そんな思いを、リーダー格のエイジも、これを提案したタイセイも、終始面倒な様子だったハルカも抱いていたのかもしれない。
ーーそして約八年後
「普通こういうのって、十年後じゃないの?」
ハルカはそう言いながらも八年前よりも楽しそうだった。
八年経てば人は勝手に変わってしまう。
「一昨年の同窓会で言っただろ。俺は有言実行したんだよ。当時から十年後だったら二十二歳だから就職やら大学最後の思い出作りやらで絶対集まらないって。だから二年後の全員が二十歳のときに掘り起こしちまおうって。」
「その割には何人か来てないみたいだけど」
八年前はほんわかした雰囲気で大人しかったイズミが言った。
「あぁ、ヨシノブとショウコな。あいつら付き合ってるんだっけ?」
「別れたんじゃない?」
情報通のワタルが言った。
「あぁ、そりゃ気まずいわ。だからグループで付き合うのはリスクがあるのよね」
リサが言った。実は彼女はヨシノブが昔好きだった。
「まぁまぁ、その面白そうな話は後にして、そろそろ出てきたんじゃねえか」
二十歳になった大人にかかればあっという間に地面は掘り起こされ、埋めたものが出てきた。次々と開かれていく思い出の箱達。
「あれ? これ、だれも開けてないけど、こんな大きい段ボール誰か入れたっけ?」
エイジの質問には誰も答えなかった。
「あっ、アキラは今日遅れるそうだ」
「あぁ、アキラ。でもアキラ入れても、今日不在なのは三人でしょ。ちょうどこっちの三個の余った箱がそうじゃない?」
「え、てことはこの大きい箱は誰の?」
「開けてみようぜ」
エイジがにやけて言った。
「ちょっと、私離れるからね」
「じゃ、早速」
エイジが比較的真新しく見える段ボールを開けた。
「これは!?」
「誰だ」
「え、え、え」
皆、口々に叫びだした。叫んで我を失う女子もいた。
箱の中にいたのは若い男だった。腐敗している様子はないが、目を閉じていた。
「どうなってるんだよ、これ」
「え、これってもしかして」
「ん? 誰だ」
「どこかで見たことある気が」
「てか、これ死んでるんじゃね?」
「救急車だ。救急車」
「間に合わねぇだろ、どう考えても死んでからだいぶ経ってるぜ」
「じゃあどうするんだよ、警察か?」
「とりあえず両方呼んだらいいんじゃねえか?」
そのパニックになった一団から少し離れたところに中丸という男が立っていた。
彼は間違いなくこの同窓会に誘われた口だが、まだ集まってから一言も発していなかった。
「とりあえず救急車呼ぶわ」
エイジが神妙な面持ちで言った。
ーーその一時間前
「ねえ、アキラ君。なんで同窓会の一時間前に待ち合わせしたの?」
「いいか、中丸。これは復讐劇なんだ。
いや復活劇というべきか」
「どういうこと?」
「昔は俺達、クラスのグループの中心人物だったよな?それがどうだ。二十歳になった今のざまは。俺達は俺達でしか遊んでないじゃないか」
「確かに」
「原因は分かってる。お前は分かるか?」
「えーと。小学校の卒業式の日、アキラ君がトイレ我慢して結局」
「やめろ。そんな昔話はするな。
なんで分からないんだ」
「えー、なんだろ。
分かんないよ」
「正解はな、俺達が工学系の高校に行ってしまったからだ」
「え、そうなの?」
「そうだ。工学系の高校は女子が圧倒的に少ない。いや、いないようなものだ。
いてもクラスに一人や二人。そきてそいつらは、たとえ平均顔でも髪の毛がある程度サラサラだったら男子の一軍が占領してる。
つまり、俺達のような二軍には喋るチャンスはなかった。
だから通常なら出来るはずの、自然と女子と喋るという経験を俺達は三年間出来なかった。
そう、つまり二年前の同窓会での醜態、俺と中丸ファミレスポツン事件が起こるべくして起こった」
「僕ら机は一緒なのに、離れ小島に残された二人みたいになったよね」
「陸の孤島だった。お前がトイレに行ったとき、呼吸困難まではいかないが空気が薄く感じた。集団の中で孤立するほど辛いものはない」
「だって誰かみたいに漏らしたくないか…」
「黙れ。そして俺はこのままじゃ駄目だと思った。最初は今日の同窓会も断ろうかと思った。なぜなら俺達は高校を卒業して、また性懲りもなく工業系の専門学校に進学し、女子という架空の生き物と接触する機会のないまま、また約二年塩漬けされているからだ。
つまり対女子において俺達は計五年も遅れているんだ。」
「つまり俺達はまだ十五歳ってことか」
中丸は情けない感情と笑える感情が合わさって変な笑い方をした。それは親に叱られた本当の十五歳のようだった。
「ともかく、チャンスは今日しかない。今日を逃せば女子と喋る機会はもうないと思え。
その末路は男とだけ喋って歩んでいく人生甘噛コースだからな」
「嫌なコース」
「そうだろ?
だから今日再び女子と喋るきっかけを作るために、今から俺がこの何週間か練りに練った仕掛けを実行する」
「それで絵の具とバカでかい段ボール持って来たの?」
「そう。いいか。結局俺達に足りないのは女子とのコミュニケーション能力だ。だが、今更エイジ達が支配するあのグループの情勢をひっくり返すのは容易ではない。
じゃあどうするか?
答えは簡単、笑いだ」
「笑い?」
「そう、俺が独自に調べたデータでは、女子が好きな男性のタイプを聞かれると毎回上位に来るのが優しい人と面白い人だという結果が出ている。
優しいというのは概念が広すぎるので、今回は面白い人に絞り、この仕掛けで一気に主役の座に躍り出る」
「あ、もしかして校庭に俺を呼んだのって」
「もちろん、タイムカプセルが埋められてるからだ。そして今日、全員で掘り起こすからだ」
「まさかアキラ君..」
「そのまさか、だ。
俺が今から先にタイムカプセルを掘り起こし、絵の具を身体に塗りたくり、死体のフリをしてこの段ボールに入る。
そして中丸が俺の入った段ボールとタイムカプセルにもう一度土を被せる
一時間後に皆が掘り起こしたとき、見た記憶のない俺の入った大きい段ボールを見つける。
疑問に思った皆はもちろん開けるに違いない。
開けると中には特殊メイクをした俺。
それを見た皆は死体だと錯覚する。
しかし、流石に素人の死体メイクなんかすぐに見破られるので皆安心して大爆笑。
そこへお前がドッキリの看板を持って颯爽と皆の前に登場。
今回の集まりの最初のイベントにして火山が噴火したような盛り上がりになり、その後の飲み会はその話で持ちきり。離れ小島だった俺達は今回話の中心になり、エイジの悔しそうな顔を肴に酒を飲む」
「そんなにうまいこといくかな」
「いく。俺の脳内シュミレーションの回数を見くびるな。
唯一の問題はお前がドッキリ看板を持って出てくるタイミングだ。
早すぎても駄目だし、遅すぎても駄目。
皆が俺の嘘メイクに気付いて笑いが起こりそうになる瞬間に出てくるんだ」
「なんか難しそうだな」
「頼むぞ、俺は一時間も土と箱の中にいるんだからな。あと、万が一だが誰も俺が入る箱を誰も開けようとしなかった場合はうまく誘導して誰かに開けさせてくれよ。
くれぐれもお前が開けるな。
身内コント感で笑いが半減するし、それだとドッキリの看板を持って出てくるタイミングが難しい。
いいな、頼むぞ」
「まあ、何とかやってみるよ」
ーー現在
(やばいよ、アキラ君。救急車とか警察とか皆言ってるよ。もうネタバラシした方がいいのかな? でもアキラくん、タイミングは大事だって言ってたし)
(何やってるんだ、中丸。大事になってしまうじゃねぇか。早く出せよ、ドッキリの看板。くっそ目開けるに開けれねぇし。救急車とか来たらシャレにねぇぞ。どうする、俺から「ドッキリでしたー」って言うか?)
ピーポーピーポー
(やばいよ、もう救急車来ちゃったよ。完全にネタバラシのタイミング逃しちゃった、どうしよう)
「お、来たな。ちょっと俺校門の方に行って案内してくるわ」
「すまん、エイジ」
(何やってんだ中丸!! 救急車来ちゃったじゃねぇか!! シャレにならないぞ、これは。犯罪じゃねぇよな? 流石に。今日大きなニュース何かあったかな。なかったら穴埋めお笑いニュースとかでこれ紹介されねえだろうな? されたら俺も親も街歩けねぇぞ。 引っ越ししなけりゃいけねぇのか、こんなくだらないことで)
「ねぇ、私思ったんだけど」
「どうしたんだ、リサ」
「この人、アキラくんに似てない?」
「アキラ? 今日来るはずだった?」
「いや、来るのは来るって言ってなかったっけ? 遅れるとかで」
「あ、そうだったけ」
(俺はどんなけどうでもいい存在なんだ。こいつら、コース料理のデザートがなかったときの方が悔しがるんじゃねぇのか)
「でもこんな顔だったけ」
「うー、なんかあんま覚えてないよ」
「覚えてないって、二年前の同窓会来てたでしょ」
「え。嘘。来てた?」
「あれ? 来てたかな?」
(なんで両方不安になるんだよ)
「なんか、あんまり存在感なかったよね」
「うん、なんか一人の男子としか喋ってなかった記憶あるよね」
「てか、なんで呼ばれてたんだろうね」
「エイジも切るに切れないんじゃない」
そのときほぼ無意識にアキラは目を薄っすらと開けた。前で喋っていたイズミとリサとは目が合わなかったが、その奥にいた中丸と目があった。中丸は何とも言えない表情をしていた。
もう彼への怒りの感情はなくなっていた。
救急車のサイレンが止み、エイジと救急隊員がこっちへ走ってくるのが見えた。
アキラは覚悟を決めゆっくりと立ち上がった。
最初のコメントを投稿しよう!