蝋梅

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なあ、こんな話は聞いたことあるかい? そうそう、そこのお嬢ちゃん、君だよ。ああ、そこにいる兄ちゃんも一緒に。 この俺、語りのタケルの話を聞いていかないかい? え?通り名がダサい?そ、それは今はいいんだよ。傍に置いといてな。 で、どうするんだい。聞かずに帰っちまうのかい? なあに、そんな時間は取らせねぇ。つまんなかったら途中で帰ったっていいんだ。 お、聞くかい。やっぱりそうこなくちゃねぇ。 それじゃ、語り始めるとしよう。これは、ある村で起こった、悲しい、悲しい、お話さ。 まずはその村について話すとしよう。その村は、かなり栄えていてねぇ、金をたくさん稼いで贅沢する金持ちもいれば、金持ちに奴隷として買われるしかない貧乏な奴もいた。 ん?この村と似てるって?そうだな。この村でも奴隷が売られているもんなぁ。 ま、とにかくこの村と同じような状態だったってわけだ。 その村にはな、金持ちの中でも特に金を持ってる家があったんだ。主人の名は龍治。村人たちは、『あの方』と呼んでいたそうだ。その呼称には、龍治に対する憧憬と同時に軽蔑も含まれていた。 何故かって?そりゃ、女と酒さ。特に、女関係では誰も、いい話を聞いたことがなかった。 そんな龍治は、奴隷も皆、容姿の優れたものを選んでいた。奴隷を買うのは年に1回、2〜3人選ぶ。 その年選ばれたのは、20歳を少し過ぎたあたりの2人、そして15歳の少女。 名前はなかった。奴隷だからな。 その3人は、龍治にいろんなことをさせられた。まあ、主な仕事は食事の準備や洗濯、掃除だがね。 3人とも、容姿は整っていたが、15歳の少女は特に美しかった。必然的に、この少女が龍治のお気に入りとなった。龍治に飯を運ぶのも、話しかけられるのも、この少女だけだった。龍治はこの少女に、華、という名まで与えた。 それから、暫くしてのことだった。 奴隷として買われた20歳くらいの女の1人が死んだ。 刺された様子もなく、ぶたれた様子もない。只々、口と目を開いて天井を仰いでいた。 当然、もう片方の女は恐れ、龍治も慌てた。誰がこんなことをしたのか。どうやって行ったのか。その方法は?何を使った? そして誰もがこう思った。 次は自分かもしれない。 それが頭から離れない。それは龍治も例外ではなかった。龍治は護衛を2人雇った。 あとから考えれば、こんなことは無意味だったんだがな。 ま、ともかく、家には奴隷の女、華、龍治、護衛2人、の5人となった。 龍治にゃ、家族がいなかったからな。 じゃなきゃ、容姿が良い奴隷を買って侍らせるなんて真似はしないだろ。 だって考えてみろ?同じ家に妻や子がいたら?父母がいたら?気まずい、なんてもんじゃないだろう? ん?あぁ、すまねえ。話が逸れちまったね。続きを話そうか。 それから、特に何も起こらず数ヶ月が経った。時間と共に、奴隷の女の死への恐れは無くなっていった。龍治に至っては、その女の存在を忘れ始めていた頃だった。 龍治が、倒れた。 死んだのかって?いいや、死んじゃいないさ。ただ、病にかかっただけさ。 まだ40歳にもなっていなかったが、普段飲む酒の量が多かったこともあって、誰も不思議に思わなかった。龍治自身も、飲み過ぎたかな、と思うだけだった。 まさか、あんなことになるなんて、まぁ、普通は思わねぇよな。 おっと、もうすぐ日が暮れる時間じゃないか。お嬢ちゃん、帰んなくて平気か? え?いいのかい?あぁ、そこの兄ちゃんが送ってくれるのか。これは野暮なこと聞いたね。すまねぇ。それじゃ、続けるとしよう。 えっと、どこまで話したっけな。 そうだそうだ、龍治が倒れたとこからだ。 龍治は、念の為医者に見てもらうことにした。すると、やはり身体に何かがあったわけじゃあ無さそうで。では、何か。医者は、疲労ではないか、と言った。 もちろん周りは、そんなわけねぇだろ、って思ったらしいが、それ以外の理由が思いつかねぇ。結局、しばらくは仕事も休み、静かに寝て過ごすことにした。 その間の世話は、もちろん華がやった。 しかし、幾日たっても龍治が回復する様子はない。頭痛と倦怠感がひどくなる一方だった。 ちょうど一月経った頃、龍治の容態は一気に悪化した。 そこからは早かった。あっという間に龍治は死んだ。あっけなかった。 葬式も、親族がいないために規模は小さく、葬式にまで来る仲の者はいなかったため、すぐに終わった。 残された奴隷の女と華は、それぞれ違う家へ買われることになった。 容姿が良かったためか、すぐに買い手が見つかった。 華が買われたのは、宿屋を営む家だった。 ここで少し華について話すとしようか。 華は、妓女の娘でな。生まれて間もないうちに、親戚へと預けられたんだ。 確か、母親の弟だった。叔父にあたる人だ。叔父は華に優しく、華も叔父に懐いていた。 叔父は華の頼みなら大抵のことをしてやった。 そんな幸せな暮らしは、叔父の突然の死によって終わった。病気だった。 薬師だった叔父は、薬でなんとか誤魔化していたが、ついに限界を迎えたのさ。 華は、周りの人々に助けを求めた。 お金がたくさんあるわけじゃないから、医者が呼べない。どうか金を貸してくれないか、とね。 たが、だぁれも金を貸してやることはなかった。酷い奴らだ。普段から、叔父の薬を使っていたってのに。そして、叔父が死んだ。華は奴隷に売り出された。引き取り手がいなかったから。 華は、奴隷の中でもかなり高い値段が付けられていた。 容姿端麗、料理もできる、立ち振る舞いも綺麗だったからな。それを龍治が買ったってわけだ。 特に、料理の腕は確かだった華は、宿屋の厨房で働くことになった。 舌の肥えた龍治を満足させる料理を作れる程、美味い飯を作れる華は、新しい料理や菓子を作った。その中には、家庭で作れるような料理もあった。当然、その料理を家でも作れるように、と調理法を聞く声が多く上がった。宿屋の亭主は、華に材料と調理法を書かせ、それ配った。 それからしばらくして、華が突然辞めたいと、言い出した。 こんな事は初めてだった。当たり前だ、奴隷は意見を言っちゃあいけないんだからな。ま、華を買った宿屋の亭主は優しく、いつでも華に、困ったことがあったら言うんだよ、と言っていたから、特に問題はないのだろうがな。 しかし、主従関係の上で問題がなくとも、突然辞めるだなんて言われたら、誰だって困惑する。宿屋の亭主だってな。 理由を聞いても答えちゃくれねぇ、いつから?と聞いたら、ずっと前から、と。 何を言っても、華は辞める気でいた。亭主はとうとう、考え直させるには遅過ぎた、と判断して華の望み通りにしてやった。望み通りって言っても、宿屋を辞めさせるくらいだったけどな。 それ以降、華の行方は知られていない。まだ生きているのか、もう死んでいるのかでさえもだぁれも知らない。 だがな、ただ一つ、わかっていることがある。彼女は、その村にある厄災をもたらしていった、そのことだけは確かなんだ。 何故かって?それはな、華が書いた材料と調理法で作った料理を食った者は、皆次々に体調を崩していき、最終的には死んじまったからさ。 方法は分からない。初めのうちは、流行り病が広がったのかと誰もが思った。だが、違った。体調を崩し、死んでいく人々の共通点が見つけられた。 それが、華に教わった調理法で作った料理を食べたこと、だったんだ。 華はきっと、自分の叔父を見捨てた人々への復讐で、無差別に人を死なせたんだろう。 人々を救っていた薬を使ってな。 まぁ、最後のは俺の憶測だがね。お話はこれでおしまい。もう暗いから、気をつけて帰れよ。俺もそろそろ帰るとするよ。 じゃ、またの機会がありましたら、語りのタケルの話をどうぞよろしく。 いつのまにか十数人になっていた聞き手が全員帰ると、タケルは歩き出した。 行く当ては、特になかった。帰る家は、ここにはなかったから。 少し歩いたところに、畑があった。そこには、可愛らしい顔立ちをした幼と、優しそうな顔をした老人が並んでしゃがみ、草を見ていた。
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