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「一夜の過ちって興味ある?」
隣の席のカナちゃんの言葉に、カシスウーロンを噴き出しそうになった。
二十歳を迎えてから早数ヶ月、やっとカシスオレンジを卒業して、カシスウーロンの段階に突入している。
「一夜の過ち!?」
「そう、ワンナイトラブ」
真顔で横文字にするカナちゃんが可笑しくて、酔いが回り火照った顔で苦笑するしかなかった。
「別に、興味ないよ。カナちゃん、どうしたんだよ。何があった」
同じコンビニでバイトしている同い年のカナちゃん。
夕方から22時までの時間帯で働いていて、私は深夜勤務だから、顔を合わせることが多く仲が良い。
「いやさー、同じ大学の子が、ついにやらかしたらしいんだよね」
「ワンナイトラブを?」
「うん、ワンナイトラブ」
二人とも酔っているので、ワンナイトラブを繰り返すだけで楽しかった。
「勢いでさ、合コンで知り合った相手と。だけどそっからは音沙汰ないらしい」
「ええー!なんか大人ー!」
「ねー!」
カナちゃんは生ビールをグイッと飲んで笑った。
もうビールを飲めるようになった彼女を、内心尊敬の眼差しで見ている。
「美咲は星くんとだったら一夜の過ちしてもいいの?」
今度こそカシスウーロンを噴き出す。
「ちょっと!聞こえるって!」
別のテーブルの彼を思わず一瞥する。
良かった。他の人と話に夢中で気づいていない。
同じ深夜帯でバイトしている星啓介くん。
私よりひとつ年上の大学三年生で忙しいはずなのに、ほとんど週五で働いている。
あとから入ってきたのに仕事を覚えるのが早いから、今では私の方が彼にいろいろ助けられていたりして。
勤務中は無口だし、あまり接点はないけど、ふとした時に手を貸してくれる優しさに、密かな恋心を抱いている私。
さっきからチラチラと彼のことを見てしまっていたことが、カナちゃんにもバレていたようだ。
「……あ、そろそろ私帰らないと」
スマートフォンで時間を確認し、席を立った。
「美咲、家遠いんだもんね。帰り気をつけてよ。あ、」
カナちゃんは何か思いついたように私に耳打ちする。
「……星くんに送ってもらえば?」
「大丈夫!!」
そんな冗談に沸騰しながらも、慌てて皆に挨拶をして店をあとにする。
帰り際、一瞬だけ星くんと目が合って、どくんと心臓が高鳴った。
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