第一夜

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 ……目が合った。星くんと。  さっきの彼の視線を思い出し、胸がきゅうと鳴るのを感じながら駅へ急いだ。  梅雨が明けて、夏が出来立てホヤホヤという7月中旬。  早くもじとっとした暑さと、夏特有の浮かれた夜の街の空気に感慨深くなりながら、小走りで繁華街を抜ける。  どうしよう。あと数分で終電だ。  星くんと同じ場所に居たいという理由で、ギリギリまで粘ってしまった。  それにしては一度も話せなかったけど。  安いからって都心から離れたアパートを借りるんじゃなかったと、こういう時に後悔する。 「ねー、一人?」  駅のロータリーまでさしかかった時、突然肩を叩かれた。  びっくりして振り向くと、少し年上に見える若い男の人が二人。 「俺らと一緒に飲まない?」  ニコニコと愛想の良い二人につられ、引きつった顔で口角を上げ会釈する。  条件反射で接客スマイルが出てしまった。 「すみません、ちょっと急いでるんで」  足早に過ぎ去ろうとしても、彼らはどこまでも着いてくる。 「終電?」 「逃したら俺らが一緒に居てあげるからさー」  駅のエスカレーターを上がりきっても着いてくる二人が流石に怖くなり、ダッシュしようとしたその時。 「……町田さん」  私の名字を呼ぶ声が背後に響いた。  声の主が誰だかすぐわかってしまい、驚いて身体が動かない。 「…………星くん」  星くんは私の肩をぐっと引き寄せると男達をにらみつけ、すぐに改札口の方に促した。  まだ酔っているせいか、これが現実なのか夢なのかわからなくなってくる。 「……ありがとう、星くん」  星くんのおかげで男達はすぐにエスカレーターを降りて行った。 「いや、俺もちょうど帰ろうとしてたところで」  まるで仕事中のように淡々と話す星くん。  だけどまだ、彼の手は私の肩に触れていて。 「……………………」  尋常じゃない緊張と胸の高鳴りに、倒れる寸前だった。 「ああ、ごめん」  私の無言の動揺に気づいたのか、パッと手を放した星くんの顔が少し赤くなった気がする。 「………………」 「………………」 「……そう言えば、時間大丈夫?」 「……あー!!」  スマホを見ると、終電の時刻はとっくに過ぎていて。   「もしかして、終電過ぎた?」  核心をつく星くんに、笑って誤魔化した。 「大丈夫!星くんも時間平気?急いだ方がいいよ」  今日はコンビニで仕事手伝いながら夜を明かさせてもらおう。  そう腹を括って手を振った。 「じゃあ、ここで。ホントにありがとう」 「いや、それがさ」  星くんは神妙な顔つきで私を見つめた。 「何?」 「……俺も終電逃した」 「うそっ!ごめん!私のせいで!」 「いや、それはいいんだけどさ。……どうする?」  さっきのカナちゃんの言葉を思いだし、勢いよく鼓動が速まる。 「どうするって……」  まさか。  まさかこの展開は。 「……朝まで二人でいようか」  恥ずかしそうに顔を赤らめながら言う星くんに絶句して、今度こそ倒れてしまいそうだった。
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