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星くんとは、あの夜に少しだけ距離が縮まった錯覚があった。
けれど、実際にはまだ友達の一歩手前くらいのレベルだ。
バイト中はお互い必要以上には話さないし、連絡先すら交換していない。
はぁ、とため息をついて、早足で駅まで急ぐ。
深夜とはいえ夏真っ盛りの繁華街はじめじめと蒸し暑く、少し歩いただけでティーシャツが汗で肌にまとわりついて気持ちが悪い。
下はデニムのストレートパンツ、大学の帰りに寄ったから大きなリュックを背負っているし、足元は結構ゴツいスニーカー。
そんな格好だったせいか、今日は酔っ払いのお兄さんにも声をかけられなかった。
心のどこかでガッカリしている自分がいる。
また絡まれたら、星くんが来てくれるんじゃないかって。
そうやって不謹慎なことを考えている私にラッキーチャンスなんて訪れず、再びため息をついて改札を通った。
「町田さん」
「わ!」
階段を上る寸前のところで声がして、びくりと肩を弾ませた。
心臓から「わ!」って声が直接飛び出たような、そんな感じ。
一言聞いただけで誰だかわかる程、よく通る爽やかな声だった。
「星くん……」
振り向いた先の星くんは、またあの夜みたいにはにかんで微笑んでいる。
「今日は大丈夫だったな」
「え……」
もしかして、絡まれないか心配してくれたんだろうか。
もしかして、その為に少し早くお店を出たとか?
……いや、違うな。
星くんもきっと終電が近い。
「あ、ありがとう!」
「ううん。…………じゃ」
星くんはコンビニ店員として染み付いた条件反射で会釈をすると、私もつられて頭を下げる。
にっこり笑って反対のホームの階段へ向かう星くん。
名残惜しさを感じながらも背を向けて、今度こそ階段を上った。
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