魔女ナナ、登場!

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魔女ナナ、登場!

 ドクムギ、ヒヨス、ドクニンジン、赤と黒のケシ、スベリヒユを0・0648グラムずつ混ぜよ。 【注意】0・0001グラムでも分量が多いと有毒の煙が発生する。  小口が水分でよれて、洋紙が黄ばんだレシピ帳を閉じ、ナナはため息をついた。  たっぷりしたワンピース、とんがり帽子に長靴下の、伝統的な魔女ルックの少女だ。衣装は着古され、黒色が褪せていた。きつく編んだお下げの髪はパサつき、目には隈をこしらえている。もう二日も寝ずに作業しているせいだ。 ナナは、薬屋の内装を見わたした。  薬草がびっしりとつるされた板壁には、ポプリの香りが染み付いている。木製の薬品棚は、細かい彫刻のほどこされた引き出しがあり、めいめいの銘柄と効能が貼ってある。植物を乾燥させ、すりつぶして粉末状にしたものが納まっているのだ。これらの材料を調合させ、商品を作るのが薬屋の仕事だ。  店の中央に、秤や陶器の小物入れ、硝子瓶などの乗った作業台がある。  かすむ目をしばたいてナナは作業台に向かい、腰をかがめた。震える手で調理ボウルを持ち、粉状にした五種の材料を、次々と大鍋に投入していく。分量が合っていれば、灰色の粉が赤く変色するはずだ。  そのとたん、鍋がボコッと爆発し、紫の煙がナナの顔面めがけて噴出した。 魔女は毒を吸い込んでも死なないけれど、アレルギー鼻炎症状にかかる。ナナは地べたにかがみ込み、立て続けに三発のくしゃみをした。 「ナナ姉、なにやってんの?」 「てんのー?」  陽気な声に振り向けば、鏡に映したようにそっくりな二人の少女がいた。飴色の愛らしい巻き毛の妹、双子のネネとノノだ。まだ七歳。若いってそれだけで恨めしい。 「えっと……そう、これは仕事、仕事なの。昨日から急に色んな注文が殺到しちゃって」  ポケットから取り出したちり紙で、ちんと鼻をかみながらナナは答えた。 「えー? カーニバル行かないのー?」 「ないのー?」  ネネとノノはそろって眉をひそめた。宮廷の美化された肖像画のように顔のつくりがいい。ええい小憎たらしい! 容姿ばかりか薬草づくりの腕まで姉に勝る妹たちを前に、ナナは嫉妬心を押し込んでにっこりと笑った。 「行くに決まってるでしょ。大急ぎで片付けるから、あんたたちは先に行ってなさい」 「うん!」  ネネが紫のロングケープをひるがえし、ホウキにまたがった。ノノも真似して、ピンクのケープをなびかせてホウキに乗る。双子のブーツが床から浮かび上がる。室内の風がゆらりと動いて、床板から腰を上げたナナの前髪を揺らした。  双子は窓を全開にして、窓枠を蹴って空に飛び上がった。店と地続きのハーブガーデンの樹木が、夜風にざわめいている。ナナは穏やかに微笑み、遠ざかっていくネネとノノに手を振った。 「――まさか、空が飛べないなんて言えねえよなぁ」
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