相棒は白猫の"セージ”

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相棒は白猫の"セージ”

 足もとから平熱の高そうな少年声が聴こえて、ナナはぎくりとした。頬をひきつらせる。 「セージ……余計なこと言わなくていいから……」  白無垢の上質な毛並を持つ碧眼のペルシャ猫、セージが首を伸ばし、にやりと笑った。  彼はかつて、ある大魔女の優秀な使い魔だった。主人の死後、散歩中にナナに拉致され、以来この店に住んでいる。猫の小さな舌で人語を上手に操れるのは、かつての主人にかけられた魔法が永久持続しているからだ。さらに、薬草の栽培・調合の技術と知識もみっちりと仕込まれている。ナナが苦手な調合を、こっそり代わりにこなしているのがセージだった。  セージはナナの使い魔ではないのだが、傍目からは格好つくため重宝している。 「事実だろ。薬草の調合はヘタだし、ハーブティーもまともに作れねえし、おまえほんとに魔女なのかよ」  自力で飛行して会場にたどりつくことが、カーニバル参加の必須条件だ。今夜家にいる魔女は実力不足を叫んでいるのと同じ。妹たちは物心つく前に飛べた。  極小数の大魔女と呼ばれる者は別にして、基本的に魔女が使える『魔法』は飛行だけである。魔女の薬草作りに、魔力は一切介在していない。植物が持つ力を最大限に引き出す薬草は、祖先から受け継がれてきた知恵と技術だ。空が飛べず、薬草もうまく作れないナナは、魔女として落第点だった。  ナナは帽子のつばをつまんで目深にかぶり直し、ふん、と鼻を鳴らした。 「飛行と薬草作りだけが魔女じゃないの」 「じゃあ他に何の特技があるのか言ってみろよ」 「く……、草花への愛!」 「特技じゃねえよ!」  四月三十日。今宵は年に一度のカーニバル、『ヴァルプルギスの夜』が開かれる。ブロッケン山の頂、人が踏み入れない聖域に国じゅうの魔女と悪魔が集って、一晩中どんちゃん騒ぎを行うのだ。  主催者は魔王で、ホストはイケメンの粒ぞろいと噂される魔王の息子たち。そこには、美食家たちを唸らせるほど美味しい料理が待っている。料理や酒を求めていく魔女もいれば、かっこいい悪魔とお近づきになろうと念入りに化粧する魔女もいる。  ナナは後者に当たる。理由は簡単。このままだと、いかず後家になってしまうから……。  ナナは魔女五人姉妹の長女だ。次女は有数な悪魔一族のもとへ嫁ぎ、三女は変わり者で家出してしまい行方知れず。ネネとノノまで嫁入りすれば、ナナが行き遅れオールドミスとして、薬屋家業を継ぐしか道がない。貧乏な薬屋に婿に来てくれる奇特な者など、まずいない。晩年になったら弟子を取って家業を守るのだ。  ただ、ナナがカーニバルに行きたい理由はそれだけではなかった。 「潔くあきらめたらどうだ。魔王の長男なんて、どうせ世間知らずのお坊ちゃんだぜ」  セージは前足で首をかき、心からどうでもよさそうに言った。 「アルブレヒト様はそんなんじゃない!」  ナナは憤慨して、背筋をしゃんと伸ばした。あれは十四年前のことだ。ナナは存命だった母に連れられて、魔王城を訪問した。そのとき魔王の長男のアルブレヒトと運命的に出会った。ナナ三歳、アルブレヒト六歳。城の近所の野原でシロツメクサを編んで、花かんむりをつくった。ひだまりのような思い出だ。  ナナは思い出し、うっとりと頬を押さえた。 「ああ、かっこよかった……っ」 「すげえ記憶力いいな」 「早くカーニバルに行かないと、ほかの魔女に横取りされちゃう」 「再会できたところでお前に勝算があるのか?」 「さあ『魔女の軟膏』を作るよ!」  セージのきびしい意見を横に流し、ナナは細い腕で力こぶをつくった。
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