カーニバルに行きたい!

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カーニバルに行きたい!

 にゃー! と甲高い悲鳴をあげるセージにナナはびっくりして、椅子から数センチ飛び上がった。急いで床板にしゃがみこむ。 「わー、ごめん!」  テーブルから台拭きを取り、わめく白猫の毛をぬぐいながら、ナナは顔を上げて悪魔に謝罪した。 「申し訳ありません、お客様。その商品は非常に調合が困難で、当店では取り扱っておりません」 「軟膏が作れない?」  声音を低く落として、悪魔は椅子を蹴るように立ち上がった。 「あんた薬屋の魔女だろう」  ナナは縋る藁を求め、ハーブティーで毛がぐっしょり濡れたセージをきつく抱きしめた。ふぎゃ、と鳴いてセージが前腕に爪を立ててくるが、構わずに力を込める。 「軟膏作れるなら、今頃カーニバルに行ってるってばー!」  叫びながら泣きそうだった。悪魔が額を押さえて失望したように、かぶりを振った。 「なら材料だけでいい。あるだろうな?」  ナナは震える足で立ち上がり、貯蔵の戸棚を開けた。何度失敗してもいいように、一年かけて庭で栽培し、たっぷり補充してある。『魔女の軟膏』に使用する植物はどれも特殊で栽培が困難だが、植物の栽培だけは唯ひとつ、ナナが得意とする仕事だった。  ナナは手早く軟膏の材料を包むと、悪魔に手渡しながら、三倍の値段をふっかけてみた。迷惑料上乗せだ。相場がわからないのか、「釣りは不要だ」とそっけなく告げて、悪魔は金貨を三枚ぽんとテーブルに置いた。先月の店の売上高より大枚で、ナナの両手が急にがたがたと震えだした。 「ごめんなさい、今ぼったくろうとしました」 「素直すぎるだろ!」  ナナの腕に捕まったままのセージが人語で突っ込みを入れてきたが、悪魔は事実を知っても眉ひとつ動かさなかった。 「構わん。それより時間がない。軟膏の作り方を教えてくれ」 「……いいですけど、なぜ悪魔が『魔女の軟膏』を?」  ナナが素朴な疑問をぶつけると、悪魔は急に息が詰まったように喉を鳴らした。客のプライベートに踏み込むな、と母の遺言のひとつを思い出したときには遅かった。悪魔は黒々としたオーラをゆらりと放出し、岸壁にいる思いつめた人のように両手で頭を抱えていた。 「私は……空が飛べないんだ」  悪魔は寒そうに、コートの前をかきあわせて告白した。立てた襟の奥で、恥らったように頬がそっと赤らんでいる。  ナナは呆然と悪魔を見つめていた。  そうだ。今宵は年に一度のカーニバル、ヴァルプルギスの夜。悪魔と魔女の祭典。村に居残っている者は、飛べない落ちこぼれだけだ――。  まわりの優秀な魔女たちに、羨望と劣等感を抱えて過ごす毎日。あたしはあたしだと粋がっていても、本当は悔しくて、孤独で。ずっと、やるせなかった。  この人も同じなんだ。そう思うと、恐ろしかった悪魔に急に親しみを覚えていた。 「あたしも、同じです」  ナナがつぶやき、右手をすっと差し出していた。悪魔の瞳が驚いたように鈍色に瞬いた。 「絶対、『魔女の軟膏』を完成させて、一緒にカーニバルに行きましょう!」  悪魔は厳かに顎を引き、グローブの掌を伸ばしてナナの手を取った。冷たく硬い感触がしても、もう恐くなかった。
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