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「0・0648グラムなんて、どうやって量る?」
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「0・0648グラムなんて、どうやって量る?」
調合台に置いた秤をためつすがめつしながら、悪魔は腕組みして唸った。まずは、五つの乾燥させたハーブをきっちり混ぜ合わせなければならない。隣でナナは神妙にうなずいた。
「ええ、その初歩段階で躓いています」
「勘でなんとかならないのか」
「すでに百回、失敗してるんで……」
ナナは肩を落とし、材料を分けて入れた五つのボウルと秤を見た。レシピ通りの細密なグラムを量る秤も測定器も、この世には存在しない。
悪魔はコートの上から白いエプロンをつけるというまったく似合わない格好で、腕まくりした。
「粉ふるい器はないのか。五つの振るい器を同時に振るって、粉が赤色になるまで、少しずつ量を増やしていけばいいんじゃないか?」
「なるほど!」
ナナより先にセージが前足を打ち、感心した。普段はナナの行動に何ら興味を示さず、屋根裏で丸くなるセージだが、このときばかりは調合台に乗って行方を見守っていた。
ナナと悪魔がふたつずつ振るい器を持ち、五つ目はセージが魔法を使って振るい器を浮かせた。
ひいひいおばあちゃんの代からある、この家でいちばん大きな鍋を中央に据える。ナナと悪魔は猛毒に備えて、マスクを装着した。そして二人と一匹は、三角形になるように鍋を囲む。
「せーの!」
ナナのかけ声を合図に、三者はいっせいに振るい器を小刻みに震わせた。灰色に粉砕したハーブは、北国の雪のように静々と鍋底に降り積もっていく。緊張感と熱気がほとばしった。
数分後、ナナの顎から汗が滴り落ちたとき、ぼこん、と音が響き、紫色の煙が上がった。それほどうまいくいきはしない。それからは根気の作業だった。とめどなく出てくる鼻水をかみ、涙をぬぐい、あきらめずに何度も粉を混ぜ合わせ、赤色になる瞬間を待ち望んだ。
時計の長針がくるりとひとまわりするころ。鍋のなかの灰色の粉が、淡く紅葉するように赤に変化した。
「ストップー!」
瞬間、ナナは仲間に呼びかけて、粉ふるいを止めさせた。何度鍋の中身を確認しても、ちゃんと粉は赤に変色していた。ナナはマスクを剥がして悪魔と猫に叫んだ。
「やった、やりましたぁ! 完成です!」
「よし」
悪魔もマスクを取り外し、清々しく目を細めて額の汗をぬぐった。ナナが両手を上げると、悪魔も両手を上げた。喜びを分かちあうように二人がハイタッチを交わしていると、セージが尻尾をピンと立てた。
「いやいやいや、お前ら待て。まだ完成じゃねえって。工程の一部を終えただけだ!」
「あ」
作業に夢中になりすぎて、すっかり忘れていたが、『魔女の軟膏』はこの先もまだ幾つもの難しい工程が待っている。ナナはへらへらと愛想笑いを浮かべて、悪魔から身を引いた。
「そうだった。失礼しました」
「なん、だと……」
全力で歓喜にむせんだことを恥じるように悪魔はうつむき、ほのかに頬を赤らめた。ナナは見なかったことにした。
赤い粉が完成したら第二工程に移る。この赤い粉を4に対して、植物で作った精油を6混ぜ合わせるのだ。これもまた、微量でも精油を多く入れてしまうと、黒に変色して、これまた毒ガスを撒き散らす。成功すると、海のような碧色に変わるという。
「慎重には慎重を重ねるべきだ」
悪魔の意見にナナもうなずき、スポイトを使用して、精油を一滴ずつ加えることにした。失敗すれば、赤い粉の作業をもう一度やり直さなくてはならない。
また時計の長針がひとまわりする頃、大鍋の赤い粉はみごと、セージの瞳のような綺麗な碧色に染まった。
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