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はあはあ・・・少し走っただけなのに、もう息があがった。レベル1の体力を思い知らされる。体をチェックすれば、筋肉や骨格、見た目の変化は少なそうだが。
「いたか」
声に顔を上げた。
痩せた白ヒゲの老人がいた。手のスマホをかざして見せた。それでマッケイの存在を知ったようだ。
「わしはラシュワン、近くのアルベド村に住んでいる。これの表示を見て、何ごとかと思って来てみれば」
老人は柔らかな笑みをかけてきた。
「わたしはマッケイ・・・ヌー村で産まれたマッケイです」
「ヌーとは懐かしいな。かつて、カマセイ・ヌーとは力を競い合ったものだ」
「カマセイは師匠でした。先年、逝ってしまわれた」
マッケイは記憶がもどってくるのを感じた。レベル1のせいか、頭の中にまで霧が立ちこめている。
「よく考えて、思い出すのだ。君は汚倫媚突苦(オリンピック)の刑を受け、ここまで追放されて来た」
「おりんぴっく・・・ああ、言われてみれば、そんな事があったような」
考えながら、マッケイは頭をかいた。額の真ん中に、大きな腫れ物があると気付いた。腫れ物は真ん中に横筋がある、割れ目のようだ。
ラシュワンの額にも大きな腫れ物があった。割れ目が微かに開いて、傷口のようにも見えた。
ラシュワンの住まいは村のはずれ、窓が南向きに一つだけ。北側の壁は釜戸がある。スープを温めてくれた。
手鏡に向かい、やっと額の腫れ物を確認した。
横一文字の割れ目は不気味だ。自分の顔の変化にとまどうばかり。
「マッケイ・ヌーは若き天才戦士、レベル99+で限界突破の勇者・・・こんな田舎にまで、君の勇名は鳴り響いているよ」
ラシュワンは笑顔を絶やさず、スープを皿に盛り、テーブルに置く。
マッケイはスープの皿に向かい、鼻の異常を感じた。湯気の立つスープに匂いが・・・感じない。スプーンですくって、口に入れる。温かさは分かるが、味がしない。
ラシュワンはじっと見ていた。
「どうした?」
「これ・・・すみません、何か変です」
マッケイはスプーンを置いた。
「普通の野菜スープだ。イモとニンジンとコーン、肉も少し。具は大きめ、男の口に合わせている」
「温かさも、歯ごたえも分かります。でも・・・味が」
「味が?」
「何もありません!」
ラシュワンは肯いた。
「きみは皇帝タン・クーベルに刃向かった。それで呪いを受けたのだ。レベル1に落とされたのは序の口、物をおいしく食べる感覚も封じられている。わたしも同じだった」
「あなたも!」
マッケイは思い出した。
昔、ラシュワンは皇帝が主催する競技会に出た。が、決勝の相手はケガをしていた。ラシュワンは相手のケガを攻めず、負けた。勝負を放棄した、と審判は責め立てた。
皇帝はラシュワンを汚倫媚突苦(オリンピック)の刑に処し、追放した。
「物をおいしく食べられない呪い・・・」
「だが、食べなければならない。君の肉体はレベル限界突破の頃の筋骨そのままだ。おしいくないから、と食べずにいると、こうなる!」
ラシュワンはそでをめくり、腕を見せた。骨と皮だけ、筋肉はうっすらとあるだけ。病的に痩せた体だ。
「味を感じないから食べずにいたら、数年と経たずになってしまった。こうなってしまっては、どんなにトレーニングしても、レベルを取り戻すなど不可能だろう。わたしはレベル6まで上げたが、今では、これを維持するのが精一杯さ。食べるのだ、食べて肉体を維持するのだ」
「食べて・・・ですね」
マッケイはスプーンでスープを口に運んだ。温かい何かが口に入る。飲み込みかけて、吐き気がきた。がまんして、のどを通らせる。
ふうはあ、大きく息をつく。ちょっと目に涙がにじんだ。
どんな大病にかかっても、大食いだけは治らなかったはず。今は、食べることが苦しい。
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