5月23日

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 皇慶が目にかかった前髪をかきあげながら即答する。ようやく口調がはっきりしてきたようで、読書にも身が入っているように見える。しかしそんなことはどうだってよかった。僕は眠気眼で部屋を訪れたらいきなり変なゾンビを押し付けられて、未だに緊張感を張り巡らせながらこうやってデットorライフの瀬戸際で力を緩められずにいる。その危機感がこの二人には全く伝わってないのが本当に嘆かわしい。 「おい菱田、てめえ後で投げ飛ばしてやるからな」  野球帽を被りその上にスポーツサングラスをかけた青年、菱田輝彦にしっかりと殺意を向ける。 「あぁはいはいわろうございました、だからさあとで俺の部屋にあるサボテンを300円で売ってやるからゆるしてちょ」  菱田は会話の脈力を無視したような言葉を能天気に言い放ち、「俺はお前からもらった300円でのり弁を食うんだ」とケラケラ笑う。  僕の周りにはそんなバカばっかりだ。 「こんな状況でのり弁もないだろ、バカか」 「黙れなんちゃってインテリ眼鏡、お前なんか知るか、御手洗そうがっかりすんなよ俺たちは今人生で一番の選択を迫られているんだよ」 「だいたい察しがつくが……言ってみろ。菱田」  野球帽にのせたスポーツサングラスを装着し、両手を前におもむろに何かを掴むしぐさを繰り返す。 「このおそらく俺たちとさほど年が変わらない女の子のおっぱいを触ってもいいか、否か迷ってるんだ」 「さいてーだな」 「さいこーだな」  僕と皇は同時に口を開く。皇はまるで夢でも食べているかのようにふわふわした言い方だった。 「友吾は底抜けに真面目過ぎんだよ」 「お前もくそヤローだな、皇」 「そーこーぬけーにーだってば」 「そんなことはどーでもいい!」  思わず声を荒げた僕に反応してゾンビは暴れるが柔道部の僕ががっちり抑え込んでいるため逃れることはできない。その代わりたわわに実った胸が激しく上下運動を繰り返す。 「そもそもこうなったのは菱田。お前が勝手に外にでたからだろ」  短い髪の毛をいじり、帽子を外しては被りを繰り返す。その姿からして全く反省しているようには見えない。 「しょうがなくね、ってかもうよくねとりあえずおっぱい触ろうぜ」 「この動く公然わいせつがってあれ?」  菱田との会話をよそに皇はいつの間にか自分の部屋に戻っていた。どうやってこの場からいなくなったのだろう。隣の部屋でバスケットボールを叩く音が聞こえてくる。 「あいつ帰りやがったよ」  現実に戻って冷静になったのか嫌な空気が漂う。 「皇のやつはドライだからな、じゃあ俺も帰る」 「おいちょっと待て、ここはお前の部屋だろうが」 「えぇ~、いいよお前にやるよ。ってか部屋交換しない?」 「ふっざけんな! そんな都合のいい話があってたまるか目の前でこいつを解放するぞ」  菱田は重い腰を上げかけてゆっくり座りなおした。数秒間黙った後ポンと手を叩いて二階の窓を全開まで開けると外を指さす。外の広場には爺さん、婆さんが愛用していたゲートボールの旗が当時のまま残されていて数体のゾンビが蠢いていた。 「あそこに向かってぶん投げろ」 「この状態でどうしろと?」 「俺が一瞬だけ代わるから背負い投げろ」  菱田は僕の後ろに回り、勝手に入れ替わるタイミングを計りだした。 「失敗したらたぶん死ぬぞ」 「そん時は、そん時だ」  菱田と僕は意を決して息を合わせた。 「三・二・一でいくぞ」 「おう」 「いくぞ、三・二・やっぱ御手洗……」  一瞬のスキをついてゾンビが暴れだす。俎板の鯉が最後の抵抗でびちびちと飛び跳ねるように意気が良い。僕は抜きかけた力を慌てて入れ直し、叫びながらもう一度がっちりホールドした。 「正気かてめぇは!」  急にフェイントをかけるものだから、心臓が飛び出るほど驚いた。その瞬間にアドレナリンが大量に分泌され、体は火照りすでに汗だくである。 「いやぁめんごめんご、やっぱり大事なことだからさぁ、三・二・一のよりも、スリー・ツー・ワンの方が合わせやすいかなって思ったんだ。でもその場合はワン、じゃなくてワンㇴのう方がいいかな? お前どっちがいい?」 「どっちでもいいわ! あとお前さっきからワードセンスが古いんじゃ、何年生まれだ」  僕の苛立ちに気が付かず、腕を組んで考え出す、菱田が沈黙の後自信満々に答える。 「はいはい、じゃあ、三・二・一にしよう」  まだ心臓がばくばく言っている。こんな興奮と緊張は人生で初めてのことだった。我慢できずにダンダンと床を踏みつける。どうせ下の階は誰も住んじゃいないんだ。 「じゃあ行くぞ……」  三・二・一で入れ替わると僕は素早くゾンビのやつれた襟元を掴んで無我夢中で素早く投げる。  体の腐敗が始まっていたのか意外にも軽く、勢いよく胴体が外に投げ出された。  投げたまでは良かった。しかし僕は思わぬミスに気が付いたのだ。ゾンビの体の大きさに比べて窓が小さかった。物理的に考えて投げられた本人が意図的に体を屈めたりしながら小さくならないと窓から外に出ることは不可能だ。しかも受け身も取らないのであれば当然どこかが引っ掛かる。コンマ何秒で考えた悪い予感が的中し、都合よく頭が引っかかる。ゴンと言う鈍い音と共にゾンビの頭だけがこの部屋に取り残された。長い髪に巻き込まれたその隙間からぎろりとこちらを睨む瞳が見えて思わず叫んで僕たちは部屋を飛び出した。 「どうすんのあれ誰が片付けるの!!」 「御手洗お前のせいだぞしっかり枠に収まるように投げないから」 「うるせぇ! そもそもあんな小さい枠に人が入るか!」  そう言って咄嗟に口をつむんだ。菱田は怪訝そうに眉間にしわを寄せた。 「何の真似だよ」 「し、静かに、気配がする下の階から」  音をたてないように階段に続く廊下から恐るおそる見下げた。するとゾンビの後頭部が目に入り思わず短い悲鳴をあげてしまう。その声に一番驚いた菱田がその十倍でかい声を発してゾンビと目が合った。  菱田は持ち前の愛想笑いを振りまくがゾンビはそれに応えるようにニコリと笑い階段に足をかける。 「どうしてバレた」 「お前のせいでこうなったんだ殺害すっぞこらぁ」   菱田は急いで自室に戻りグローブと硬式球を携え戻ってきた。そのときすでにゾンビは階段を半分ほど登ってきており、階段の頂上に立つ菱田は深く深呼吸をして投球モーションに入る。 「菱田むちゃだ、外したら終わりだぞ」 「そん時は俺と一緒にこいつをぶん投げてくれ」  足を高く上げる。目の前のゾンビをキャッチャーに見立て集中する。もう何度も投げ込んできたマックス140キロを誇る自慢のストレートを目と鼻の先の相手目掛けて思いっきり投じた。 「ぐえっ」   剛速球は見事に命中し腐敗した体を貫いた。音をたて滑り落ちるゾンビを確認し二人はハイタッチを交わす。 「ナイスコントロール」  興奮しながら階段を降りると廊下に転がったボールをとりにく。薄暗い一階の廊下の電気をつけると絶句した。そうゾンビは一体だけではなかったのだ。少なくとも五体のゾンビが一斉にこちらを眺めていた。今朝、玄関の扉を開けたままカギもかけずに、そのまま放置していたのを菱田は思い出して青ざめている。 「御手洗、皇を連れて逃げろ! ここはもうだめだ」 「菱田まってろ今武器を持ってくるから」  僕が部屋に戻っているさなか、菱田は裏口に走った。生き残るために震える体を動かした。しかし裏口は昨日、入念に皇が閉鎖していたことを思いだした。判断ミス。たちまち囲まれ立ち尽くす。 『こうなったら最後の手段を使うしかない』  菱田は腰を落とし低い体勢になり胸を抑えて横たわる。 「あ~死んだわ」  菱田は賭けに出た。ゾンビは死肉をあさることはない。仲間を襲うこともない。ならば死んだふりは通用するのではないかと。  そんなことを全く知らない僕は包丁を物干しざおに括りつけた即席の槍を携えた言葉を失う……そうだ思いだした。菱田と皇。三人のある約束を。 「やられたらゾンビになる前に殺してくれ」 「菱田、俺はお前との約束を果たすぞ」  大声で気合を入れ階段を駆け降りる。ゾンビをかきわけ菱田に向かって矢先をたてる。その瞬間。菱田が跳ね起きて寸でのところでかわした。 「殺す気かぁてめー」  僕は涙をこらえた。 「すまん菱田、お前はもうすでにゾンビに」 「よくみろ、俺はまだ噛まれてない。生きてんだろ」  抱きついて言った。 「よかった~菱田よかったな」 「よくねぇよ。どうすんのこの状況」  その時だった。二階から不意に電子レンジが落ちてきて一体のゾンビに命中する。 「すめらぎぃ」  皇は家電製品をまるでバスケットボールのごとく投げ百発百中で命中する。全てのゾンビを倒した後、皇は息を漏らし言った。 「お前ら騒ぎすぎなんだよ。オナ〇ーも落ち着いてできねぇ」
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